63.ルビー:魂の定着剤
戦闘が終わり、イーグルが倒れたジーク神父の記憶処理に取り掛かる間、トリトスは地下室の奥、キメラの檻があった場所のさらに奥にある、鉄扉の部屋に視線を向けた。
「ふむ……まだ、穢れた魔力の残滓が濃く残っているな。」
トリトスは魔力で鉄扉を開き、足を踏み入れた。その部屋は、実験室とは異なり、まるで宝物庫のようだった。
部屋の中央には、木製の粗末なテーブルが置かれ、その上には、山と積まれた赤い宝石が、地下室のわずかな光を反射して不気味に輝いていた。
それは、全てルビーだった。
トリトスはルビーの一つを手に取り、紫色の角を光らせてその魔力的な特性を探る。
「なるほど……。このルビーはただの宝石ではない。魂の定着、あるいは魂の保存に使われていたものか。
シェイプシフターは、このルビーに生贄の魂を定着させることで、キメラの生命活動を安定させたり、自身が活動する際の予備のバッテリーとして使っていたのだろう。」
その瞬間、イーグルが背後から声をかけた。
「おい、トリトス。そんな赤いガラス玉で何遊んでんだ?」
イーグルは記憶操作のデバイスをコートのポケットにしまいながら、ルビーの山を見つめた。
「ガラス玉ではない、イーグル。
これは魂の媒体だ。シェイプシフターがこのルビーに保存していた魂を全て解放すれば、この悪趣味な研究は完全に終わる。」
トリトスがそう言いかけたとき、イーグルはタバコの煙を大きく吐き出し、口元に笑みを浮かべた。
「魂がどうだろうと知ったこっちゃねぇな。」
イーグルは背負っていたタクティカルバッグを肩から降ろすと、部屋の中央に置かれたルビーの山に向かって歩み寄り、一掴み手に取って光にかざした。
「おいおい、これ全部本物のルビーだぜ?
それも特級品だ。こいつは教会の裏金か、あるいは有権者からの賄賂で賄われてたんだろうが、もう持ち主はいない。」
トリトスは眉間にしわを寄せた。
「イーグル、貴様、まさか……」
「まさかじゃねぇよ。」
イーグルは、持っていたルビーをポケットにねじ込むと、手際よくバッグを開き、ルビーの山を掻き集め始めた。その動きには一切の迷いがない。
「いいか、トリトス。今回の依頼の報酬は1万2000クレジット。
だが、その裏側で、俺たちは高位悪魔を相手にし、教会ぐるみの大犯罪を隠蔽した。
身の危険と手間賃が、あのシスターの財布の中身で釣り合うわけがねぇ。」
イーグルはバッグのファスナーを閉め、肩に担ぎ上げた。ルビーの重みでバッグは丸く膨らんでいる。
「魂の救済はお前の賭けの報酬だろう。
だが、このルビーは、この世のルールの範囲内で活動する俺の報酬だ。この金額なら、アリエルも文句は言わねぇだろ。」
イーグルは、満足げにタバコを深く吸い込むと、トリトスに背を向けた。
「さて、と。俺たちの『1万2000クレジットの救済』はこれで完了だ。
早くバーボンを飲んで、シスターダリアを帰らせてやりたいぜ。」
トリトスは、ルビーが詰まったバッグを担ぐイーグルを、呆れたような表情で見つめた。
彼の目的は魂の解放だったが、イーグルによってその機会は失われた。
しかし、ルビーが人間界の金として持ち出されることで、魔力の媒体としての機能は停止する。
トリトスは深くため息をついた。
「……ま、物質的な価値が、魔力的な価値に勝ることもある、か。」
トリトスは、残されていたわずかな魔力の残滓だけを浄化し、イーグルと共に地下室を後にした。
依頼の報酬は、当初の1万2000クレジットではなく、大量のルビーへと姿を変えたのだった。




