60.地下への誘導
悪魔の嘲笑に対し、トリトスは紫煙をゆっくりと吐き出した。
「力ずく、か。お望みなら相手をしてやろう。だが、この場所でやれば、お前の貴重な『バッテリー』を破壊しかねんぞ、シェイプシフター。」
トリトスがそう指摘すると、悪魔の緑色の瞳が一瞬揺らいだ。
神父の肉体がまだ必要な以上、ここで破壊的な戦闘は避けたいという思惑が透けて見える。
「……賢明だな、魔族よ。」
悪魔は唸った。
「貴様が本当に力を望むなら、もっと手厚い歓迎をしてやろう。
来い。この教会の真価は、地上ではなく地下にある。」
悪魔はベッドの残骸を蹴散らし、部屋の隅にある古い書棚の前に立った。
角ばった指先で棚を押すと、重々しい軋みを上げて書棚が横にスライドし、その奥に暗い階段が現れた。
硫黄と腐敗の匂いが、地下からより濃く立ち上ってくる。
「ふむ……、面白くなってきたな。」
トリトスはタバコの紫煙を一つ残し、悪魔の後に続いた。
階段は石造りで湿っており、地下深くへと続いていた。
地下の階段を降りきると、冷たいコンクリートの床が広がる、広大な空間に出た。
ここは、教会の地下にあるまじき、禍々しい実験場だった。
壁沿いには、血痕の付いた手術台らしきものや、化学薬品の入ったフラスコが並んでいる。
中央には、いくつもの鉄格子で区切られた檻があり、その奥にはおぞましい影が蠢いていた。
「どうだ、魔族よ。これが私の『信仰』の真の成果だ。」
シェイプシフターは両手を広げ、得意げに言った。
「教会の富と権力は、この研究のための資金源に過ぎない。
人間と動物を掛け合わせ、新たな生命を生み出す。これこそが、神の領域への挑戦だ。」
トリトスの目が、檻の中の生物を捉えた瞬間、その表情に微かな嫌悪感が走った。
それは、ただの異形の怪物ではない。
ある者は子供の細い腕を持ちながら猛獣の爪を生やし、ある者は老人の皺の寄った顔を巨大な昆虫の胴体にくっつけていた。
老若男女、様々な人間の要素が、犬や鳥、爬虫類といった動物と無残に合成されている。
生命の尊厳を完全に踏みにじった、おぞましいキメラの群れだった。
「……趣味の悪い真似をする。シェイプシフター。お前が欲しがるのは、魂や魔力ではなく、生命の創造主の座か。それも、人間の老若すら選ばぬか。」
「その通りだ!このキメラたちは、私に仕える最強の軍隊となる!」
シェイプシフターが手を叩くと、鉄格子のロックが外れる鈍い音が響き渡った。
「さあ、トリトス!お前がこのシスターの依頼を完遂できるか、試させてもらおう。私の『最高傑作』たちの餌食となれ!」
檻から解き放たれたキメラたちが、異形の唸り声を上げながら、トリトス目掛けて一斉に襲いかかってきた。
トリトスはタバコを口から離し、来るべき戦闘に備え、両の角を光らせた。
周囲を囲む醜悪なキメラの群れを前に、彼の紫色の瞳に冷徹な殺意が宿る。
「……我は、魔族ではあるが、お前のような外道の悪趣味に付き合うつもりはない。」
トリトスは地面を強く踏みつけ、戦闘態勢に入った。




