50. トリトスとローズの準備:深海への胎動
トリトスはBARプラチナの地下、普段は秘密の保管庫として使われている部屋で、任務に必要な機材の最終チェックを行っていた。
彼の周りには、通常のBARではおよそ見かけない、精密な水中探査機器や潜水服が整然と並べられている。
ローズは煙草を咥えながら、その光景を静かに見つめていた。
彼女がトリトスに同行を決めたのは、彼の能力を測ることと、情報が不足しているこの任務の危険性を考慮してのことだ。
装備品の選定:深海と古代技術の保護
トリトスは、『ミルストンの遺産』が古代技術の設計図が記された「脆い金属板」であるというローズの推測に基づき、極限の環境下でデリケートな物を扱うための装備を選定した。
高深度潜水システム『ヒュドラ』: 水圧と水温に耐えるよう特注された、軽量で機動性の高い潜水服。高度なソナーと広域スキャナーを統合しており、トリトスの視覚と聴覚を深海で拡張する。
静音推進ユニット(SSS): 遺産に衝撃を与えかねない水中での振動や騒音を最小限に抑えるための特殊な小型スクリュー。水中生物の周波数帯を避けた低周波で稼働する。
非接触回収ポッド『アンフォラ』: 『ミルストンの遺産』を回収するための専用ケース。
内部は水密性が完璧で、特殊な磁場を生成し、金属板に一切触れることなく浮遊させた状態で保護する。この技術は、トリトスの専門知識が最大限に活かされている。
水中用解析タブレット: 研究施設のデータログを解析し、遺産の情報をその場で読み取るための耐水・耐圧仕様のコンピューター。
「この非接触ポッドであれば、貴公の懸念する『脆さ』には対応できる。
水中での衝撃はもちろん、微細な水流すら遺産には届かない。」
トリトスはポッドを指差し、ローズに説明した。
その声は落ち着いているが、確固たる自信が感じられる。
ローズはトリトスの手際の良さと、彼が用意した機材の専門性の高さに、わずかに目を見張った。
「水中探査が未経験とは聞いていたけど、ここまでのものを用意するとはね。
さすがは異世界の魔王ね、ちゃんとこちらの世界にも順応してるわね。スキルも使ってない見たいだし。」
作戦の最終確認と連携
ローズは自身の装備、主に通信機と水中戦闘用のナイフを確認しながら、トリトスに任務の詳細を伝えた。
「目的地は、西の海域、座標XXX-YYYに沈む旧ディープサファイア研究所。深度は約500メートル。
この深度になると光は届かない。潜水艦ではなく、あえて私たち二人で潜るのは、秘匿性が最優先だからよ。」
トリトスは静かに頷いた。
「研究所のセキュリティは、水圧と時間によって解除不能になっている可能性が高い。
回収ポッドを使うにしても、遺産が格納されている区画を特定する必要がある。
トリトス、あなたのスキャン能力と、内部のデータログ解析にかかっているわ。」
「水中での探査と解析は未経験だが、我の知識と推察で補ってみせよう。
貴公は、不測の事態への対処を頼む。
深海には、水圧だけではない『何か』が潜んでいる可能性もある。」
二人の視線が交錯する。
ローズの瞳には探るような警戒の色が、トリトスの瞳には静かな集中と、底知れない深海の静けさが宿っていた。
彼らの合同任務は、BARプラチナで最も情報が少なく、最も危険な任務となるだろう。
「準備完了。明日の夜、最終チェックを終えたら、我らは深海へと向かう。」
ローズは煙草を灰皿に押し付けると、トリトスに笑みとも警戒ともつかない表情を見せた。
二人の間に、新たな『契約』が結ばれた瞬間だった。




