29.煙の中の反撃
白い煙がミルストンの庭園を覆い尽くし、アリエルの姿は完全に消え去った。ミルストンの護衛たちは戸惑い、一斉に煙の中へ向けて銃を構える。
「撃つな! 闇雲に撃てば、こちらが損害を被る!」
ミルストンの声が響くが、アリエルはすでにその声の反対側へと移動していた。彼は煙を盾に、護衛たちの死角を縫って走る。アリエルの狙いはミルストンではなく護衛たちの背後にある、庭園の隅に設置された小さな制御ボックスだった。
ローズからの情報で、この制御ボックスが邸宅内の全ての監視カメラと警報システムに繋がっていることを知っていた。
これを破壊すれば、ミルストンは外部からの援護を一時的に失うことになる。
アリエルは素早く制御ボックスに飛びつくと、手に持ったナイフで配線を切断した。火花が散り、甲高い警報音が鳴り響く。
「くそっ! 制御ボックスがやられたぞ!」
護衛の一人が叫び、混乱が広がる。
ミルストンは顔をしかめ、アリエルが単なる暗殺者ではないことを悟った。
「貴様、いったい何者だ!」
ミルストンの問いかけに、煙の中からアリエルの声が響く。
「俺は、お前がゴミのように扱った子供たちの声だ。この街の闇に、終止符を打つ者だ」
その言葉と同時に、イーグルが率いる軍の特殊部隊が邸宅の塀を乗り越えて一斉に突入してきた。彼らはミルストンの護衛たちを次々と無力化していく。
「イーグル、遅かったじゃないか」
煙の中から現れたアリエルは、イーグルに軽く声をかけた。
「お前こそ、単独で乗り込むとは無茶をする。だが、おかげで証拠を掴むことができた。ミルストンの不正を暴くための全てのデータが、すでに我々の手にある」
イーグルの言葉に、アリエルは満足そうに頷いた。
「当然だ。ローズが、しっかり仕事をしてくれたからな」
アリエルはそう言うと、静かにミルストンに近づいた。ミルストンの顔は、もはや冷たい嘲笑ではなく、絶望に歪んでいた。彼は、自分の野望が、たった一人のバーテンダーと、無邪気な子供の地図によって打ち砕かれたことを悟ったのだ。
「……終わったな、ゼウス・ミルストン」
アリエルの言葉に、ミルストンは何も答えず、ただ静かにうなだれた。
数日後、ブラックボックスの街はゼウス・ミルストンの逮捕と、彼が裏で操っていた組織の壊滅というニュースで持ちきりだった。
街には、少しずつだが、新しい光が差し込んできたように感じられた。
BAR【プラチナ】には、いつもの静けさが戻っていた。アリエルはカウンターに立ち、グラスを磨いている。その手には、もう拳銃はない。
その日の夜、店の扉が開き、一人の客がやってきた。それは、イーグルと、そして、元気になったミアだった。
「アリエル、ミアを連れてきた。彼女はもう、安全だ。」
イーグルの言葉に、アリエルはグラスを磨く手を止め、ミアに視線を向けた。ミアは、以前よりも少しだけ背が伸び、顔には笑顔が戻っていた。
アリエルは何も言わず、ただ静かに微笑んだ。彼の心は、かつてないほど満たされていた。
「ところで、お兄さん、この街で一番優しい人だって、孤児院のみんなが言ってたよ!」
ミアの言葉に、アリエルは再び苦笑した。
「……それは、勘違いだ。俺は、ただのバーテンダーさ」
アリエルはそう言いながら、ミアのために温かいスープを作り始めた。そして、彼のBARには、再び、静かで穏やかな時間が流れていった。




