262. 【蹂躙と捕食の共鳴】
「ギィィィッ……!」
巨大蝙蝠が毒霧を凝縮し、最後の一撃を放とうと顎を開いた。だが、それよりも速く、洞窟の天井を圧する巨大な影が動いた。
ドォォォォン!!
巨大化したネロの丸太のような拳が、迷いなく蝙蝠の開いた口内へと叩き込まれた。音を立てて砕け散る牙と顎の骨。衝撃波が洞窟の壁を震わせ、蝙蝠の頭部が岩壁に深くめり込む。そこからは、もはや「戦闘」と呼べる代物ではなかった。
「……逃がさんと言ったはずだ」
地鳴りのようなネロの声が響く。ネロは抵抗する術を失った蝙蝠の細い首を掴み上げると、逃げようともがく巨大な翼を素手で掴み取った。
バリ、バリッ! と生々しい音が静寂の最下層に響き渡る。
ネロは無慈悲にその羽を根元から毟り取り、あろうことか、引き裂いた漆黒の翼を自らの口へと運んだ。
滴る鮮血を厭わず、敵の肉を食らい、その魔力を己の糧とする。それは、三ヶ月間、飢えに耐え忍んできた一族の長としての、執念に満ちた「捕食」だった。
「キィ……ッ……」
蝙蝠は悲鳴を上げることすら許されなかった。翼を奪われ、牙を折られ、最後はネロの圧倒的な握力によって生命の灯火を握り潰される。
数秒前まで渓谷の支配者として君臨していた巨影は、今や見る影もない肉塊となり、力なく地面へと崩れ落ちた。
イーグルは壁に背を預けたまま、紫煙をゆっくりと吐き出した。
(……なるほど。隠密の長ってのは、追い詰められりゃあ一番タチの悪い『獣』に変わるってわけか)
返り血を浴び、巨大な体躯のまま荒い息を吐くネロ。その背中は、もはやラビットマンという種族を超えた、荒ぶる神のようにも見えた。
「……清算完了、だな」
イーグルが短く告げると、タバコの灰が静かに床に落ちた。毒霧の発生源が絶たれ、洞窟内には重苦しい静寂と、鉄錆のような血の匂いだけが立ち込めていた。
「いい所、全部持っていかれちまったな……」
イーグルは残った火を消すと、ボソリと呟いた。
「すまないな……。たったこれだけの偶然(石ころ)で、一族が死の淵に追いやられていたと思うと、つい……な」
そう言うと、ネロの体は魔力が抜けるようにみるみると縮んでいった。元の痩せ細った姿に戻った彼は、どこか憑き物が落ちたような顔をしていた。
イーグル「後は……この淀んだ霧をなんとか晴らしたいところだな。輝石を止めても、溜まった分が消えるには時間がかかる」
ネロ「それなんだが……。風魔法を使って、一気に空へ散らすことはできないか?」
イーグル「妙案だな。だが生憎、派手な魔術は俺の専門外だ。……心当たりならいる。風も、魔法も、おまけに『解錠』も得意な、お節介な知り合いがな」
イーグルは、BAR【プラチナ】で天真爛漫に跳ね回るアリスの姿を思い浮かべた。
「良かったら一緒に来るか? 直接会って提案してみるのも、悪い話じゃないぜ」




