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260. 【深淵の鼓動と猛毒の翼】

どろりとした赤黒い闇が支配する洞窟内を、二つの影が音もなく進んでいた。

時折、闇の奥から「グルル……」と喉を鳴らす斑狼まだらおおかみや、理性を失い、毛を逆立てて襲いかかる狂戦士化したラビットマンが飛び出す。だが、それらが二人の歩みを止めることはなかった。

パンッ、パンッ。

イーグルのリボルバーが正確に眉間を撃ち抜き、それと同時にネロの短弓から放たれた矢が、死角から迫る獣の喉を貫く。

「……その火を吹く弓は素晴らしいな、イーグル」

硝煙の匂いを漂わせる銃口を見つめ、ネロが感心したように呟いた。

「あぁ、俺の相棒だからな。……もし俺が死んだら、形見に持っていってもいいぜ」

「フフ……なら、遠慮なくそうさせてもらおう」

乾いた会話を交わしながら、イーグルは倒れたラビットマンの遺体を一箇所にまとめ、ネロに促した。

「ネロ、死体はここに集めるぞ。解毒魔法をかけて、地上の仲間に食わせてやれ。……飢え死にされても寝覚めが悪い」

「……慈悲か? 意外だな、人族」

「ただの清算だ。貸しを作っておけば、帰りの案内も丁寧になるだろ?」

二人はさらに二十分ほど、這うようにして狭い産道を下り続けた。やがて視界が急激に拓け、巨大なドーム状の空間へと辿り着く。

その中央。鎮座する台座の上で、それは異様な存在感を放っていた。

ギラギラと、心臓の鼓動に合わせて脈打つように発光し、猛烈な勢いで独楽こまのように自転している塊――『赤の輝石』だ。

「……なんで回転してやがる」

イーグルが眉をひそめ、ネロが首を横に振る。

「わからん。三ヶ月前、最後に見た時は、ただ静かに鎮座していたはずだ……」

二人が慎重に台座へと近づくと、イーグルの鋭い観察眼が、台座の脚元にある「物理的な違和感」を捉えた。台座に備え付けられたレバー式のスイッチ。そのすぐ側に、拳ほどの大きさの石が不自然に転がっている。

「なるほどな……。この石が何かの拍子にスイッチへぶつかって、この石(輝石)の魔力放出をブーストさせやがったんだ。その結果、周辺の奴らが狂った」

イーグルの言葉に、ネロがハッとしたように目を見開いた。

「……ふむ。確かに、仲間の凶暴化が始まったのは三ヶ月前くらいだったな。……辻褄は合う」

ネロは震える指先で自らの顎に触れ、忌々しそうに吐き捨てた。

「たった一個の石ころが、我らの一族を……グリーンライオンどもを、死の淵へ追いやったというのか」

イーグルは無言でレバーに手をかけ、スイッチを『OFF』に切り替えた。耳障りな唸りを上げていた輝石の回転が、ゆっくりと停止していく。

「……なんだか、霧が薄くなった気がするな」

「それなら俺も楽で助かる。あのアリエルの店みたいに、空気が綺麗なのが一番だ」

イーグルが軽口を叩きながら、赤き輝石を台座から下ろし、慎重にバックパックの緩衝材の中へ収めた。

――その瞬間だった。

「キィィィィィィィィッ!!!」

天井の闇から、鼓膜を突き破るような高周波の叫びが降り注いだ。


見上げれば、翼長三メートルを超える巨大な蝙蝠が、翼を広げて急降下してくる。その翼がはためくたび、凝縮された紫色の毒霧が、凄まじい勢いで周囲を汚染していく。


「なるほど。毒霧の真の蛇口は、あの羽ネズミか」

イーグルはアサルトライフルを肩に預け、冷静に状況を分析する。

「輝石が回転して魔力を垂れ流し、それをあの蝙蝠が取り込んで触媒にした。結果、毒が強化され、渓谷全体を覆うまでの致死量になったってわけだ……。ネロ、巨大化の準備はいいか?」

「……あぁ。あんな醜い羽虫に、私の獲物を奪わせるわけにはいかんからな」

毒霧の支配者と、一人の仕事人、そして紫の狩人。

最下層の静寂は、今、爆音と咆哮によって塗り替えられようとしていた。

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