259. 【深淵の案内人と紫の契約】
「よし。まずは『赤き輝石』の調査だ。それは俺1人で大丈夫だ。場合によっては撤退も視野に入れてるからな。案内は誰がしてくれるんだ?」
イーグルはリボルバーのシリンダーを軽く回し、冷徹に現状を整理した。深層の未知を前にしても、彼の「清算」の計算に揺らぎはない。
「部族長である私が行く」
影の中から、一歩。パープルラビットマンがイーグルの視界へと音もなく割り込んだ。
「名はネロだ。特技は暗殺と隠密。魔法は『解毒』……そして、この狭い洞穴を埋め尽くす『巨大化』だ」
痩せ細った体躯からは想像もつかない、質量を伴う魔力がネロの周囲で静かに渦巻いた。
「……手の内を見せるってことは、信用は得たと考えていいか? ネロ」
イーグルがハットの下から鋭い視線を送ると、ネロは口角を吊り上げ、冷ややかな笑みを浮かべた。
「私達にデメリットはないからな。……お前が失敗すれば、新たな『食料』が得られ、そこにいる目障りなパープルライオンも始末できる。案内する条件は一つだ。そのパープルライオン、ダインはこの集落に残ってもらう」
ダインが喉を鳴らして低く唸るが、イーグルは軽く手を挙げてそれを制した。
「……人質、兼、食料のキープってわけか。いいぜ。ダイン、あんたはここで大人しくしてな。……俺が戻らなきゃ、あんたの首はこいつらの晩飯だ」
「……フン、人族。戻ってこなければ、この集落ごと私が踏み潰すだけだ」
ダインは不遜に言い放ち、岩肌にどっかと腰を下ろした。
「交渉成立だ。……案内を頼むぜ、ネロ」
イーグルはバックパックから暗視ゴーグルを取り出し、装着する。グリーンの電子光がレンズ越しに点灯し、彼の瞳に「狩人の視界」を宿した。
一行は集落の最奥、切り立った岩壁に口を開ける巨大な横穴へと向かった。
洞窟の入り口からは、心臓の鼓動にも似た「ドクン……ドクン……」という不気味な重低音が響き、白濁した毒霧が意思を持つ生き物のように這い出している。入り口の岩肌は、赤き輝石の影響か、どす黒い赤色に変色し、内側からは名状しがたい焦燥感を煽る魔力が溢れ出していた。
ネロは音もなく先行し、洞窟の闇へとその身を溶け込ませていく。
イーグルはアサルトライフルのボルトを引き、初弾をチャンバーに送り込んだ。
「……さあて。高くつく清算にならなきゃいいがな」
ハットの鍔を深く直し、イーグルは一歩、また一歩と「赤き死の深淵」へと足を踏み入れた。背後でダインとラビットマンたちの視線が刺さる中、二人の影は深い闇の向こうへと完全に飲み込まれていった。




