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254. 【深緑の集落と二条の殺意】

多足族の隠れ里を後にした一行は、さらに標高を下げ、渓谷の心臓部へと続く急斜面を降りていた。この先にあるのは、グラティカルが統べるグリーンライオン族の集落だ。

深層へ進むにつれ、毒霧はより濃度を増し、ネックレスの淡い輝きがなければ肺が焼けるような錯覚に陥る。

「ここから先は、我らグリーンライオンの領地……そして、忌々しきラビットマンの狙撃圏内だ」

グラティカルが低く唸り、周囲の巨木を警戒するように見上げた。

「奴らは輝石の狂気にすら呑まれぬ強靭な精神を持つ。汚染に苦しむ他種族を嘲笑うかのように、この霧の中で獲物を待つ『正気』の狩人だ」

イーグルはハットの鍔を指で弾き、無意識のうちにリボルバーのグリップに手をかけた。周囲は不気味なほどに静まり返っている。

その時――。

「――ッ!」

空気を切り裂く鋭い風切音。

反射的に首を傾けたイーグルのハットの端を、一本の太い「ボルト」が音もなく掠めていった。ボルトは背後の巨木に深々と突き刺さり、着弾の衝撃で木肌を激しく弾き飛ばす。

「……ちっ、挨拶なしか。だが、一発で仕留め損なったのが運の尽きだぜ」

イーグルは即座に近くの岩陰に身を隠し、背中のバックパックから折りたたみ式のアサルトライフルを展開。淀みのない動作で円筒形のパーツ――『サイレンサー』を取り出し、銃口に装着した。

「グラティカル、サイラス。そこらに落ちてる小石を拾え。……俺の合図で、別々の方向に思い切り投げろ」

イーグルの冷徹な指示に、二人は戸惑いながらも従った。彼らが投げれば、石つぶてといえど十分な音を立てる。

「……今だ。やれ」

合図と共に、グラティカルが右へ、サイラスが左へと石を投げつけた。

「ガサリ、ガサリ」という複数の着弾音。

だが、霧の向こうからは何の反応も返ってこない。

(……ほう。囮には乗らないか。正気なだけあって、よく教育されてやがる)

イーグルはわざと自分のコートの裾を岩の端から一瞬だけ露出させた。

「シュッ――!」

即座に放たれた二弾目の矢。その「起点の空間」をイーグルは見逃さなかった。

(……一人目だ)

「プシュッ」

抑制された排気音と共に、一発の弾丸が霧を切り裂く。樹上から短い呻き声が上がり、茶色の毛皮を纏った影が地面へと落下した。

「伏せろ!」

叫ぶと同時に、イーグルは地面を転がるように移動した。直後、彼が先程までいた岩を、短弓から放たれた矢が激しく削り取った。

(……やはりな。クロスボウで足を止めさせ、短弓で仕留めるクロスファイアか)

イーグルは倒れ込んだ姿勢のまま、二本目の矢の軌道を逆算して銃口を向ける。

「――二度目はないと言ったはずだぜ」

「プシュッ」

二発目の弾丸が冷徹に空を裂き、霧の深淵から弓が地面に落ちる乾いた音が響いた。

「終わったか?」

サイラスが慎重に身を乗り出す。イーグルはライフルを構えたまま、倒れた二人のラビットマンの元へ駆け寄った。彼らの瞳は赤く染まってなどいない、透き通った茶色の瞳だ。

「……おい、この武器を見ろ」

イーグルは、ラビットマンが遺したクロスボウと短弓を手に取った。弦にはしなやかな魔獣の腱が使われ、本体には独自の細工が施された軽量で頑丈な木材が使用されている。滑車部分の精密な造りは、静音性を極限まで高めていた。

「純粋な工芸技術だけでここまで仕上げてやがる。……フェネカの喜びそうな技術だ。いただくぜ」

イーグルは手際よくクロスボウ、短弓、そして特殊な矢数本を回収し、バックパックへ詰め込んだ。

「おい、グラティカル。死体をそのままにするな。本隊に位置を特定される」

イーグルの指示で、グラティカルとサイラスが手早く遺体を深い谷底の茂みへと隠匿し、血痕を霧と土で覆い隠した。

「もたもたするな、本隊が来る前に潜り込むぞ!」

イーグルの合図と共に、三人は霧を切り裂いて全力で駆け出した。目指すは、断崖に守られたグリーンライオン族の集落だ。

背後で新たな口笛のような合図音が響く。偵察部隊の異変に気づいた本隊の影が、霧の向こうで揺れた。

「開けろ! 長の帰還だ!」

グラティカルの咆哮が集落の巨門に響く。三人が滑り込むように中へ飛び込んだ瞬間、重厚な石の門が「ドォォォォン!」という地響きと共に固く閉ざされた。


「……ふぅ。一撃で済ませるには、敵がちと正気すぎたな」

閉ざされた門の向こう側で、イーグルはハットの鍔を直し、冷たい硝煙の匂いを吐き出した。

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