253. 【隠れ里の異変と深淵の依頼】
一行は、渓谷の険しい岩肌を縫うように進み、多足族の隠れ里へと辿り着いた。本来であれば、ここは複雑な地形と毒霧によって外敵から完全に遮断された安息の地であるはずだった。
だが、イーグルの目に飛び込んできたのは、静かな地獄のような光景だった。
「……ひどい有様だな」
里を囲む防壁には、知性を失い凶暴化した魔獣や虫たちが叩きつけられた無数の痕跡がある。だが、それ以上に凄惨なのは里の内側だった。
多足族の戦士たちが、手足の鋭い鎌と強靭な顎牙を血に染め、力なく立ち尽くしている。その足元には、まだ幼い同胞の亡骸が転がっていた。
「……3匹に1匹だ。新しく生まれてくる赤ん坊の3匹に1匹が、産声と共に知性を失い、親に襲いかかる。……家族が、泣く泣く自分の手で殺すしかねぇんだ」
サイラスが絞り出すような声で言った。職人気質の多い多足族にとって、次代を担う子供を自らの鎌で屠る絶望は計り知れない。隣に立つグラティカルも、狩猟と採取を誇りとする戦士部族の長として、この「見えない敵」による汚染に激しい憤りを見せていた。
「人族の戦士イーグルよ。お前のその異質な力と洞察力で、この異変の源を調査してはくれないか。我々にとって、これは存亡の危機なのだ」
グラティカルの黄金の瞳が、イーグルを射抜く。イーグルはハットを少し傾け、冷徹な現実主義者の顔を崩さずに問い返した。
「……俺はボランティアじゃない。プロを動かすには、それなりの対価が必要だぜ」
「わかっている。……もし解決してくれるならば、我らグリーンライオン族からは、希少な毒草と、お前が今つけている『秘宝のネックレス』を、さらに三つ譲ろう」
さらにサイラスが、職人の顔で言葉を重ねた。
「多足族からは、秘伝の『毒酒』、そしてアメジストの採掘権を渡す。俺たちはあの紫の石を加工して一部の人族と物々交換をしていやがるが、お前ならもっと巧く使えるはずだ」
互いに物々交換で生計を立てる部族間において、これらは最大限の譲歩だった。特にネックレスの追加と毒酒、そして宝石は、BAR【プラチナ】にとって極上の「清算」材料になる。
「……受けてやるよ。で、心当たりは?」
「……渓谷の最深層に座す『赤き輝石』。それを守護する森の狙撃手、ラビットマンの部族だ」
グラティカルが忌々しげにその名を口にする。
「彼らは我らとも多足族とも長年対立している。……あの輝石に何らかの手を加え、森の調和を乱しているのは、まず間違いなく奴らだろう」
「ラビットマンか……。よりによって狙撃手とはな」
イーグルは、自らの愛銃の感触を確かめた。最深層へ向かうための「入口」はここより更に深層、グラティカルたちのグリーンライオン族の集落がある、さらに深い位置にあるという。
「……ふん。一撃で清算するには、少しばかり骨が折れそうだ」
赤ん坊の泣き声が消えた里を背に、イーグルの瞳にプロの獲物を狙う鋭い光が宿った。




