248. 【急転の帰還とマスターの矜持】
ミスト村から3日間、ほぼ一睡もせず急ぎ足でアストラル・ノアへ引き返したイーグルは、土埃にまみれたコートをなびかせ、BAR【プラチナ】の重厚な扉を勢いよく押し開けた。
カランカラン!
開店直後の静まり返った店内に、激しいドアベルの音とイーグルの荒い息遣いが響き渡る。
いつもなら賑やかなはずのフロアは、今は凪のように静かだった。デッドロックから帰還したばかりのトリトス、ローズ、ヴァレスの三人は今日、久々の休日を取っている。アリスとフェネカも、ヴァレスから預かった大量の戦利品を換金するため、ギルドへと向かっていた。
カウンターの中に立つのは、ただ一人。磨き上げたグラスを置いたアリエルが、驚きに太い眉をぴくりと動かした。
「……アリエル、いるか……?」
「いらっしゃい……と言いたいところだが、イーグルか。随分と急ぎのようだが、忘れ物でもしたか?」
イーグルは肩で息をしながら、カウンターに詰め寄った。その目には、いつにも増して切迫した色が浮かんでいる。
「バーボン……それと、エルフの秘蔵酒『千年の夢』はあるか?」
「なんだ? 景気づけに今から飲むのか。それとも、よほど喉が渇いたか?」
アリエルは呆れたように手を止め、背後の棚に並んだボトルに目をやる。
「ちげぇよ……。ポイズンミスト渓谷に入る『通行証』代わりに使うんだ。多足族のサイラスって男を釣るためのな。……そいつの協力がなきゃ、あの霧の中は一歩も進めねぇ」
イーグルがバックパックを床にドサリと下ろすと、その言葉の重みに、アリエルの表情から僅かに余裕が消えた。
「……なるほど。毒霧の住人を動かすのに、理屈じゃなく喉を鳴らさせる方を選んだわけか」
アリエルは納得したように頷くと、カウンターの下から一際重厚な木箱を取り出した。だが、手を伸ばそうとするイーグルを制するように、大きな掌を向ける。
「いいだろう。だが、渡せるのはバーボンとエルフの酒、それぞれ一瓶ずつだ。それ以上は出せんぞ」
「……なんだと? もし足りなかったらどうする」
イーグルの問いに、アリエルは琥珀色の液体が揺れるボトルを一本、カウンターに置いた。
「これは『プラチナ』の誇りだ。最高級の酒は、一滴で相手の魂を掴む。これで落せない相手なら、何ガロン積んでも無駄だということだ。……お前さんも、プロなら一撃で仕留めてこい」
アリエルの低い声が、静かな店内に響く。イーグルはその言葉の重みを噛み締め、差し出された二本のボトルを力強く掴んだ。
「……ふっ。言ってくれるぜ」
再会の喜びを交わす暇も、乾いた喉を潤す暇もない。イーグルは託された「至高の武器」を背負うと、再び死地へと向かって扉を蹴り出した。




