246. 【凱旋の雫と赤き死の霧】
アストラル・ノアのスラム街にあるBAR【プラチナ】のフロアでは、かつてないほどシュールな光景が繰り広げられていた。
元異界の魔王トリトス、情報戦略家のローズ、そして魔族公爵令嬢のヴァレスが、エプロン姿のアリエルに睨まれながら必死に床のキノコをこそげ落としている。
「いいか、根の一本も残すなよ。菌糸が床板に回ったら張り替えだ。その費用は全部お前らのツケにするからな」
「……わかって負わよ、わかってるからそのモップを突き出すのをやめなさい。もうすぐ終わるわ」
ローズが最後の一本をゴミ箱へ放り込み、ようやく店内は元の清潔さと静かな空間を取り戻した。
カウンターで一息ついた一同。ローズは旅の汚れを落とす間もなく、デッドロックで回収した「紫の輝石」と、妖精から得た「秘境の地図」のデータをタブレットでホログラム投影し、アリエルに見せた。
「とりあえず、デッドロックの旅はメリットが大きかったわ。目的の輝石だけじゃなく、世界に点在する残り三つの秘境への明確な位置まで手に入ったんだから」
アリエルは琥珀色の酒をグラスに注ぎながら、紫に妖しく光る石を覗き込んだ。
「トリトス、お前さんの目から見てどうだ?」
「マールとジェシカの村も閑散としていたが、この石の封印を解いたことで三目白熊の突然変異種が現れてな。驚くべきことに彼らは知性を持ち、我らに取引を持ちかけてきた。結果、村とは共存関係になった。デッドロックの勢力図は一夜にして書き換わっただろうな」
トリトスの報告に、アリエルは「熊と共存か。まさに異世界だな」と短く笑った。するとヴァレスが、ガランフィールで受理した三つの依頼書をカウンターに並べ、不安げに尋ねた。
「あの、アリエル様。ガランフィールで受けたこれらの依頼……報酬はこちらでも受け取れますの?」
【ガランフィール・ギルド依頼】
採取依頼: 『氷結の実』の採集
討伐依頼: 『ガランフィール街道の盗賊討伐』
回収依頼: 『冒険者の遺品回収』
「任せな……。ムーン・エルフの爺さんに買わせるさ。ヴァレス、お前さんがいない間はアリスが頑張ってくれたが、やはりお前の給仕がないと締まらねぇ」
アリエルはそう言ってヴァレスを労ったが、その表情はすぐに厳しいものへと変わった。
「色々あったようだが、無事に帰ってこれたなら何よりだ。……だが、ゆっくり休んでもいられねぇぞ。イーグルはすでに動いている」
「イーグルが? 珍しく働くわね。酒代?」
ローズが眉を寄せると、アリエルは一枚の地図を指し示した。そこは、エルフの魔導師が最高位の防護結界を張っても数分ともたないと言われている呪われた地、『ポイズンミスト渓谷』。
「いや、あいつはその周辺の調査とギルドの依頼を受け、単独で動いてる。Aランク以上の冒険者で、かつ特別な通行証が必要な死地だ。そこには『赤の輝石』が眠っているという噂がある」
「……イーグルは慎重だからな。深入りする前に周辺を把握しておきたいんだろう……」
トリトスが静かにグラスを傾ける。
「まぁ、なにはともあれ3人ともお疲れさん。各自明日は休んでもいいぞ。家に帰りな」
アリエルの言葉に送り出され、再会の喜びも束の間、BAR【プラチナ】の面々は次なる動乱の予感に包まれながらそれぞれの帰路についた。




