245. 【フェアリー・リング:帰還と掃除屋の怒り】
氷の森に響き渡る妖精たちのさえずりは、次第に賑やかな合唱へと変わっていた。彼女たちにとって、デッドロックの秘境に現れた「風変わりな三人」は、最高の娯楽に見えたらしい。
「外の世界が見たいわ!」「契約しましょう!」と騒ぎ立てる妖精たちを、ローズはタブレットの画面を無機質に光らせて制した。
「悪いけれど、契約は断るわ。私たちの仕事に余計な『ノイズ』は不要なの。その代わり、情報の共有を。西、東、南……他の秘境へ至るための『道標』をデータとして寄越しなさい」
ローズの冷徹な交渉に、妖精たちは「ええーっ!」と不満を上げつつも、面白がってタブレットに不思議な幾何学模様の地図を書き込んでいく。その間、一匹の紫色の妖精だけが、興味深そうにトリトスの肩へ降り立った。
「……私はあなたの側にいさせてもらうわ。契約じゃなく、ただの『見学』よ。その代わり、とびきりの魔法を見せてあげる」
ダンタリオンが静かに歩み寄り、一行を見送る体勢に入った。
「私の役目はこれで終わりだ。村に戻り、ブラッドアイの者らと共に新たな時代を築こう。……また会おう、奇妙な者たちよ」
「ええ、またね」
ローズが頷いた瞬間、紫色の妖精が翅を強く羽ばたかせた。
「さあ、お喋りのお礼よ。一気に飛ばしてあげる! ただし、これを使うと一週間は魔力が空っぽになっちゃうけどね!」
同時刻、街の片隅――BAR【プラチナ】
静かな店内で、マスターのアリエルはカウンターを磨きながら、ふと足元の違和感に眉を寄せた。
「……んっ? 店の床に、キノコが生えてるな……。いくらスラムの端だからって、湿気管理をミスったか?」
丸太のような腕で掃除用具を手に取り、腰を屈めたその時だ。床のキノコはみるみるうちに増殖し、完璧な円陣――「フェアリー・リング(妖精の輪)」を描き始めた。
「うをっ……!?」
キノコの輪が爆発的な光を放ったかと思うと、その中心からトリトス、ローズ、ヴァレス、そして一匹の妖精が勢いよく飛び出してきた。
「帰還……成功ね。座標のズレは誤差の範囲内よ」
「……不本意な移動法だったな。目が回る」
床に尻餅をついた面々を、アリエルは手にしたモップを握りしめたまま、般若のような形相で見下ろした。その視線は、三人の無事よりも、磨き上げた床に根を張るキノコの群生に向けられている。
「……このキノコは、その羽の生えたのが出したのか……?」
アリエルの低い声が店内に響く。彼は紫色の妖精を指差し、地響きのような怒声を上げた。
「俺のBARにキノコを生やすな!! 俺は衛生観念には人一倍厳しいんだ! 営業妨害だぞ! 貴様、今すぐ自分ですべて掃除するか、魔法で元に戻せ! さもなくば、その翅を毟ってキノコ料理の出汁にするぞ!」
「ひえっ! な、なによこの大男、怖いわね!」
紫色の妖精はトリトスの背後に隠れて震え上がり、帰還の感動は一瞬で「大掃除」の強制労働へと塗り替えられた。




