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237. 【絡みつく令嬢と月の欠片】

部族の存続すら危ういブラッドアイの村において、客人のための個室などという贅沢は存在しなかった。一行に割り当てられたのは、厚手の毛布が敷き詰められた、石造りの質素な一室。寒さを凌ぐため、ローズ、ヴァレス、トリトスの三人は一つの寝床に身を寄せて眠ることとなった。

翌朝。ローズは、体中を締め付ける奇妙な圧迫感で目を覚ました。

「……んぅ……温かいですわ……離しませんわよ……」

極度の寒がりであるヴァレスが、寝ぼけながらローズを抱き枕のようにして全身で絡みついていた。魔族のしなやかで強力な四肢が、ローズの自由を完全に奪っている。

「……ちょっと、ヴァレス……苦しいわ、離しなさい……」

ローズが小声でもがく中、ふと横を見ると、すでに起きていたトリトスが壁に背を預け、冷めた目でこちらを見ていた。

(……トリトス、代わりなさいよ……!)

ローズが視線で必死に訴えるが、トリトスは表情一つ変えず、静かに首を振った。

(……うむ。……断る。ヴァレスの寝相の悪さは、深淵の混沌より質が悪いうえ、一度捕まれば脱出は困難だ。我の方に来なかったことを、邪神に……いや、自分自身の運に感謝しているところだ)

言葉にせずとも伝わるその安堵感に、ローズは朝から深い溜息をついた。

出発の前、一行は族長の屋敷に呼ばれ、最重要の情報を受け取る。

「これが、お前たちが探している『紫の輝石』に関する伝承だ」

族長が指し示した古地図と、煤けた羊皮紙に伝承が記された古書によれば、輝石はこの先にある古代遺跡の最下層に封印されているという。

「封印を解くには、これが必要だ。我が一族が代々守り抜いてきた聖遺物……『月の欠片』だ」

族長から差し出されたのは、青白く透き通った三日月形の石。手に取ると、芯まで凍てつくような冷気と、凪いだ水面のような静謐な魔力が伝わってくる。

「……鍵、というわけね。受け取ったわ」

ローズがそれを厳重に保管し、一行は村の門へと向かった。

吹雪が奇跡的に止み、雲の切れ間から刺すような冬の日光が差し込む中、別れの時が来た。

「ここでお別れね。マール、ジェシカ。貴女たちは家族のそばにいなさい」

「ローズ様……! 本当にありがとうございました!」

「皆さん、どうかご無事で! 私たちの誇り、受け取ってください!」

マールとジェシカは、目に涙を浮かべながらも、力強い「血眼」で一行を見送る。

「またな。……さて、行くぞ。太陽が出ている時間は短い」

トリトスの言葉を合図に、三人は雪原へと踏み出した。数時間の行軍の末、目の前に現れたのは、雪に埋もれ、周囲の魔力を吸い込むように佇む巨大な黒石の建造物。

「古代遺跡……。消息を絶った冒険者たちも、この中にいるはずよ」

ローズがタブレットを構え、警戒レベルを最大に引き上げる。ヴァレスは鞭の柄を握り直し、トリトスは遺跡の入り口に刻まれた、歪な魔力回路を凝視した。

白銀の静寂の中、月の欠片が青白い光を放ち、遺跡の深奥と共鳴を始めた。


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