234. 【逆鱗の令嬢と効率的な回収】
「……わたくしの三半規管をこれほどまでに攪拌した罪、万死に値しますわ」
ソリから這い出したヴァレスの周囲に、凄まじい密度の魔力が渦巻く。普段の優雅さはどこへやら、その瞳は怒りと吐き気で座り込み、手にしたピンクの手下げ鞄が不吉にカタカタと震えていた。
「ひゃはは! 楽に死なせて――」
盗賊が嘲笑を浮かべ、冷気を帯びた斧を振り下ろそうとした、その瞬間。
「やかましいですわ!!」
ヴァレスが鞄から引き抜いたのは、魔導金属を編み込んだ漆黒の鞭。それが彼女の怒りに呼応するようにしなり、大気を切り裂く爆音と共に盗賊の武器を粉砕した。
「お片付け! お片付けですわぁぁ!」
ヴァレスは怒涛の勢いで鞭を振るい、魔法で強化された一撃が盗賊たちを次々と薙ぎ払う。そこに「お姉ちゃん、やるよ!」「了解!」と、マールとジェシカが加勢した。
「視縛!」
姉妹が瞳に魔力を込め、特有の魔眼で盗賊たちを射抜く。視線を向けられた盗賊たちは、蛇に睨まれた蛙のようにその場で硬直し、身動きが取れなくなる。
「動けませんわよね? それでは、ごきげんよう!」
自由を奪われた盗賊たちに、ヴァレスの情け容赦ない鞭と魔法が炸裂した。
一方、その阿鼻叫喚のすぐ後ろ。
トリトスはまるで朝の市場にでも来たかのように、泰然とした足取りで歩いていた。その手には、ガランフィールで買ったばかりの大きな麻袋。
「ふむ、この個体は首賞金がかかっていたな。……トドメと、回収」
バキリ、という冷徹な音と共に、トリトスは「視縛」で固まった盗賊の息の根を止めると、証拠品となる首と装備品を迷いなく麻袋に放り込んでいく。
「おい、そこの者、死んだふりをするならせめて装備は置いていけ。二度手間だ」
淡々と作業をこなすその姿は、魔王というよりは熟練の屠殺者か、あるいは冷徹な清掃員だ。トリトスはパンパンに膨らんだ麻袋を次々とソリの荷台へ放り投げ、積み上げていく。
「……ちょっと、あんたたち。これ、ただの『移動』のついでだって分かってる?」
操縦席で腕を組み、ローズが呆れ果てた溜息をつく。雪原はすでにヴァレスによって「清掃」され、トリトスによって「資源化」されていた。
「何を言う、ローズ。討伐はヴァレスと姉妹が、回収は我が。実に効率的な分業ではないか。……ほら、次の『獲物』がヴァレスに吹き飛ばされてきたぞ。袋はまだ余っている」
空飛ぶ盗賊、荒れ狂う令嬢、そして黙々と袋詰めを続ける元魔王。
ダブルホースの二つの頭も、主たちのあまりに容赦ない光景に、互いの顔を見合わせながら小さく身震いしていた。




