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231. 【砕氷の轟音と北の「普通」】

アステリアの港に、鉄の巨獣が吠えるような重低音が響き渡る。

巨大砕氷船「タイタン号」。その分厚い外殻と巨大な衝角ラムは、極北の流氷を粉砕するために設計された鋼の城だ。

「皆さん、本当にお世話になりました……! このご恩は一生忘れません!」

「……気をつけてね。皆さんが無事に戻ってこられるよう、毎日お祈りしています」

岸壁では、新しく整えられた暖かい冬服に身を包んだネリーと母親が、ちぎれるほどに手を振っていた。

「いいわ、前を向きなさい。奪われた時間を取り戻すのは、これからよ」

ローズは短く言葉を残し、振り返ることなくタラップを上がった。

出航して数時間。タイタン号が「処女の氷海」と呼ばれる分厚い氷盤エリアに突入すると、凄まじい衝撃と轟音が船体を激しく揺さぶった。

――ガガガ、ドォォォォン!!

氷を噛み砕く凄まじい物理音に混じり、ローズの鋭敏な知覚が「それ」を捉えた。

「……何、このプレッシャー。空気が重すぎる……。魔力の密度が異常だわ」

ローズは眉間に深く皺を寄せ、タブレットの数値を読み取る。センサーの数値は既に危険域レッドゾーンを指し、電子ノイズが画面を走っていた。

トリトスは泰然と海を見つめながら応える。

「我にとっては懐かしい重みだがな……。だがローズ、見てみろ。あちらの連中を」

視線の先では、マールとジェシカが吹き付ける寒風の中で「何だか随分故郷に帰ってなかった気がするわ」「ねえ、空気が美味しく感じない?」と無邪気にはしゃいでいた。彼女たち北の民にとって、肌を刺すような濃密な魔力は、生まれた時から吸い続けてきた「故郷の空気」に過ぎなかったのだ。

「……信じられない。この魔力の歪みが、彼女たちには『普通』なのね」

ローズが外界の過酷さに戦慄しているその横で、もう一人のメンバーが限界を迎えていた。

「……う、ううっ……。ローズ、トリトス様……わたくし、死ぬかも知れませんわ……おうぇぇ……」

「ヴァレス、しっかりしなさい。公爵家の令嬢が船酔いなんて」

「致し方ありませんわ! 地に足が着かないどころか、この揺れ、この轟音……! ああ、わたくしの優雅さが、胃袋と一緒に逆流してしまいそうですの……!」

真っ青な顔で愛用のピンクの手下げ鞄を抱きしめ、甲板の樽に座り込むヴァレス。四大魔族の令嬢という高貴な血筋も、鋼の砕氷船が巻き起こす野蛮な物理振動には勝てなかったようだ。

水平線の向こう、白銀の絶望が支配する北の大大陸「デッドロック」が、不気味で巨大なシルエットを現し始めていた。

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