222. 【深淵の教育者】
暴走し、肉肉しい腕を振り回して咆哮するユリオンに対し、トリトスは一切の動揺を見せず、ただ静かに指を弾いた。
ユリオンの周囲の空間そのものが固着した。膨れ上がった呪いの腕も、狂気に満ちた叫びも、まるで琥珀の中に閉じ込められた羽虫のようにぴたりと停止する。
「さて、講義の時間だ、ローズ」
戦場の真っ只中とは思えない落ち着いた声で、トリトスはローズを促した。彼は自身の左手をかざし、内側に渦巻く濃密な魔力をあえて外層へ漏らし、淡い金色の光として可視化させた。
「私の魔力の流れを、その眼と意識で捉えろ。そしてイメージするのだ。掌に集まる熱、大気を貫く鋭さ、全てを一点に収束させる意志を」
ローズは端末を片手に、トリトスの魔力波形を解析しながら自身の神経を研ぎ澄ませた。彼女が右手を突き出すと、周囲に青白い火花が散り、空中のマナが激しく光り輝く。
「うむ……イメージは出来ておるな。次は詠唱だ。我に続け」
トリトスがローズを鋭く見据えると、彼女は迷いのない瞳で深く頷いた。元魔王の厳格な声に、ローズの透き通った声が重なる。
「我は望む、鋭利な一撃を。我は求めるその鋭利な姿を」
「魔力を媒介としてその槍は敵を穿つ。貫け――【マナランス】!」
ローズの叫びと共に、青白い光は収束し、無駄を削ぎ落とした美しくも冷酷な「魔法の槍」が結実した。それは彼女の知性を具現化したかのような、鋭利な一撃の雛形。
「魔法はイメージ、魔術は理屈だ。どちらを選んでもローズにデメリットはない。両方習得するのであれば、魔法は詠唱を、魔術は魔法陣を紙に記しておくと、忘れずに済むぞ」
トリトスは満足げに頷くと、視線を拘束されたユリオンへと戻した。
「さあ、実践だ。その『槍』で、あの女の中に巣食う醜悪なバグを、腕輪ごと穿ってこい」
「……ええ。高価な家庭教師代、戦果で支払わせてもらうわ」
ローズは初めて手にする魔力の感触を確かめ、静かに狙いを定めた。




