219. 【生命を喰らう魔獣】
トリトスの放つ金色の魔圧が倉庫を満たし、魔法陣が微かに軋みを上げる。ユリオンは全身に冷たい汗が流れ落ちるのを感じながらも、その黒く濁った瞳に不屈の意志を宿していた。
「……生意気なっ! 私の『収穫』を邪魔するなら、その命で償ってもらうわ!」
ユリオンは憎悪に満ちた叫びを上げると、手にした杖を天に掲げた。魔法陣に繋がれた無数の腕輪が、激しい光を放ち始める。
周囲の空気中の魔力が一気に収束し、腕輪から伸びる黒い糸が瞬く間に膨張した。それは、何百人もの命が吸い上げられているかのような、おぞましい光景だった。
「その程度の魔法は、我には届かぬ」
トリトスは嘲笑うように言うが、ローズの表情は険しい。
彼女の端末が、異常な魔力反応を検知して警告音を上げている。腕輪から引き出された生命力は、ユリオンの魔力と融合し、物理的な形を成そうとしていた。
「来るわ、トリトス! これはただの魔法じゃない……! 生命力を媒介にした、特級の召喚術よ!」
ローズの警告と同時に、魔法陣の中心から黒い霧が噴き出した。それは瞬く間に巨大な魔獣へと姿を変える。
肉体を持たぬ漆黒の巨躯は、腕輪の鎖が絡み合ったかのような不気味な腕を振り回し、顔の部分には無数の人々の苦悶の表情が浮かび上がっていた。港の空気を震わせる咆哮が、倉庫全体に響き渡る。
「クハハ……、面白い。己の命を贄とせず、他者の生命を喰らうか。実に下劣で、愚かな行いだな」
トリトスは不敵な笑みを浮かべ、両の掌に紫色の魔力を凝縮させた。対するローズも、後ろ腰にあるホルスターから投げナイフを抜き、警戒態勢に入る。
「下劣な存在には、相応の処分が必要よね、トリトス?」
「当然だ。この程度では、我らの旅の障害にはなりえぬ」
人々の命を貪り喰らう黒い魔獣と、BAR【プラチナ】の二人の戦いが、今、港の倉庫で始まった。




