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214. 【ハニーレオンの願い】

潮風が吹き抜けるアステリアの市場を、ローズは一人歩いていた。

並べられた海鮮は、アストラル・ノアではお目にかかれない奇妙な形の深海魚や、巨大な棘を持つ甲殻類ばかり。本来なら知的好奇心を刺激される光景だが、彼女の思考の半分は、先ほど聞いた「1週間の足止め」という停滞に向けられていた。

不意に、曲がり角から飛び出してきた小さな影が、ローズのスーツの裾を叩いた。

「痛っ!」

「あっ……。ごめんなさい……。お嬢さん。怪我は無い?」

ローズは咄嗟に少女の細い肩を支え、しゃがみ込んだ。冷徹な戦術家としての仮面の下に、BAR【プラチナ】の仲間だけに見せるわずかな慈愛が覗く。

「だ……大丈夫です。あ……あの、お花を買ってくれませんか? 一輪、銀貨1枚……あ、やっぱり銅貨1枚です!」

少女が差し出した花籠の中の花を見て、ローズはわずかに目を細めた。

「ふぅん? その花籠の中の花、随分萎れてるけど?」

「あ……、摘み直してきます! 待っててくれませんか?」

「お嬢さん、歳はいくつ? 親は?」

「10歳です。お父さんはいません。お母さんは家にいます」

「……その花は何処で摘んでるの?」

「あ……家の近く」

「じゃあ一緒に行くわ。案内して。案内代で銅貨2枚でいい?」

「えっ! いいんですか? ありがとうございます!」

少女に連れられ、ローズは街外れの丘へと辿り着いた。

そこには、一面の白い花が咲き乱れていた。風に揺れる花々は、まるで降り積もったばかりの雪のように丘を白く染め上げている。

「この花は……魚と煮ると臭みが取れるんです!」

「へぇ……。お嬢さんのお家は?」

「この丘の先にあります」

少女に案内され着いた家は、家と呼ぶにはあまりにみすぼらしいあばら屋だった。海からの冷たい風が、隙間だらけの壁を叩いている。

「お客さんには特別な花をあげます!」

中に入ると、薄暗い部屋の奥で母親が静かに寝込んでいた。少女は母親の脇にある小さなテーブルへ駆け寄ると、花瓶から一輪、ピンクの花弁が鮮やかな花を抜き取り、ローズに差し出した。

「これはハニーレオンっていう花。願い事が叶うと花の色が金色になるの。あげるわ」

ローズはその花を受け取り、指先で優しく花弁に触れた。

「お嬢さんは、どんな願い事をしたの?」

「お母さんの目が見えますようにって願い事したけど、3年経っても色が変わらないの……」

少女の寂しげな呟きを聞きながら、ローズは静かに視線を巡らせた。部屋の中に漂う、微かな、だが違和感のある魔力の残滓。

戦術家の洞察力は、この母娘を襲っている不幸が、単なる病や貧困だけではない可能性を弾き出していた。


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