213. 【停滞する航路】
馬車を下りた一行は、潮風と魚の匂いが立ち込めるアステリアの港へと向かった。
巨大な氷の塊を押し潰しながら進む重装甲の「砕氷船」が数隻、港に停泊している。しかし、どの船からも煙突の煙は上がっておらず、港には不自然な静寂が漂っていた。
一行は船着場の管理事務所を訪れ、窓口に立つ顔の焼けた老船員に声をかける。
「定期船は何時に出ますか?」
ローズが冷静な口調で問いかける。だが、老船員は面倒そうに鼻を鳴らし、掲示板の運行表を指差した。
「デッドロックの港町が猛烈なブリザードに覆われちまってなぁ……。運が良けりゃ2日後。悪けりゃ1週間後だ。今出せば、海に出る前に氷漬けになっちまうぜ」
「そんな……。1週間も足止めを食らうというの?」
ローズが珍しく眉をひそめ、言葉を失う。彼女の計算では、今頃はすでに海の上にいるはずだった。情報戦略家として、制御できない「天候」という要因は最も忌々しい障害だった。
落胆するローズの肩に、トリトスが静かに手を置いた。
「ふむ……。天候には勝てまい。案ずるなローズ。焦って海に沈んでは元も子もない。暫し街を散策でも洒落こもうではないか」
トリトスの超然とした言葉に、ローズは一つ深い溜息を吐き、端末を閉じた。
「時間は有限なのよ? はぁ……、でもそうね。あなたが言う通り、ここでイライラしても状況は変わらないわね。……わかったわ。少し頭を冷やしてくる」
ローズが落ち着いたのを見届け、ヴァレスがピンクの手下げ鞄を持ち直し、優雅に提案する。
「トリトス様、それなら私は宿を手配して参りますわ。お手数ですが、マールとジェシカの護衛をお願いしますわ」
「フッ……、よかろう。マール、ジェシカよ。何処か行きたい所はあるか? 金なら心配するな。アリエルから貴殿らの旅費は預かっておる」
トリトスの言葉に、マールとジェシカは驚き、申し訳なさそうに顔を見合わせた。
「そんな……。依頼を受けて頂いた上に護衛までしてもらっているのに、旅費まで……」
「マール……。ここは甘えておきましょう。私達はデッドロックでこれまでの恩を返すのよ」
姉のジェシカに諭され、マールは少し表情を緩めた。
「ジェシカ姐さん……。そうですね……。では、土産屋に行きませんか?」
「ほぅ……、土産屋か。いいだろう! ヴァレスよ。我らは土産屋にいるぞ。宿を手配したら合流だ」
「承知いたしましたわ。それでは後ほど」
ヴァレスはドレスの裾を揺らしながら高級宿の並ぶ大通りへ、トリトスたちは賑やかな市場の方へと歩き出した。
停滞した航路が生んだ束の間の休息。




