211. 【朝焼けの作戦会議】
窓の外が白み始め、夜の熱気が冷たい朝露に変わる頃、BAR【プラチナ】のカウンターには四人の影があった。
アリエルは注文表の裏に、無造作な筆致でポイズンミスト渓谷周辺の地図を描き上げた。その横には、フェネカが徹夜で書き出した「防毒魔導具の設計図」と、イーグルが持ち帰った依頼書が並んでいる。
「……さて。Aランク以上の通行証がなきゃ、正規のルートからは門前払いだ。だが、俺たちの仕事に『正面玄関』なんて言葉はねぇ」
アリエルがぶっきらぼうに言い放ち、冷めたコーヒーを喉に流し込む。
「通行証の偽造は? ボクなら30分もあれば本物より綺麗なやつを作れるけど」
フェネカが眠たげな目を擦りながら、皮肉混じりに提案した。
「いや、偽造はやめとけ。ポイズンミストの検問はAランクの魔導師が常駐してるって話だ。中途半端な細工は、魔法的な照合で即座にバレる。フェネカ、毒対策はどうだ?」
アリエルが問いかけると、フェネカは手元のゴーレムのネジを締めながら肩をすくめた。
「あー……、突貫なら2日。高性能なら1週間かなぁ。あの霧は肺を焼くだけじゃなくて魔力回路まで侵食してくるから、中途半端なもんじゃ君たちの安い命は守れないよ」
「やはり毒対策は入念にしないとな……。時間がかかるか」
アリエルは腕を組み、渋い顔で天を仰ぐ。その横でイーグルがタバコの煙を細く吐き出した。その煙が、フェネカのテーブルで動く小型ゴーレムの頭上を漂う。
「……。なぁ、アリエル。宇宙服みたいな防護服とかどうだ? 背中に空気の詰まったボンベでも背負って、外気を一切吸わなきゃいい」
「なるほど……。それは名案だな! と言いたいが、問題はそれを着用したまま戦闘が出来るのかって事と、酸素ボンベ……いや、空気の圧縮缶をこの世界で作れるかどうかだな」
そう言うとアリエルはシガーを咥え、深く火を灯した。
「ウチュウフク? サンソボンベ?」
フェネカとアリスが、聞き慣れない単語に興味をそそられたように目を輝かせて二人を見る。
「あー……、説明が難しいんだが……。こんな時に限ってローズもトリトスもヴァレスもいねぇからなぁ。あいつらなら魔術的な置換方法でも思いついたんだろうが」
アリエルは頭を捻る。この世界の「常識」ではない知識をどう形にするか、それが今一番の壁だった。
「そもそも赤の輝石を手に入れても、誰かの依頼じゃねぇから金も入らねぇしな……。命を懸けるにしちゃ、割に合わねぇぜ」
イーグルも残りのバーボンを煽り、気だるげに天を仰ぐ。静まり返った店内に、時計の刻む音だけが重苦しく響く。
「だー! もうやめだやめだ! 依頼を受けてる訳じゃねぇし、今すぐどうこうなる訳じゃねぇ。ヴァレスやローズやトリトスが帰ってきてからこの件は考えるか」
アリエルは痺れを切らしたように、地図を描いた注文表を丸め、背後のゴミ箱に投げ捨てた。
「まぁ、そうだな。急ぎじゃねぇし。他の情報でも集めながらゆっくり待つか。俺はポイズンミスト渓谷の依頼でも一人で楽しんでくる」
そう言ってイーグルは椅子から立つと、カウンターに並んだ依頼書を数枚手に取り、コートのポケットに無造作に突っ込んだ。
「おい、死ぬんじゃねぇぞ。二日酔いで足を踏み外して、毒霧の中で寝るなんて笑えねぇからな」
アリエルのぶっきらぼうな忠告に、イーグルは背を向けたまま、ヒラヒラと手を振って応えた。




