210. 【看板娘の宝物と掃除屋の密談】
カランカラン、とBAR【プラチナ】のドアベルが軽快な音を立てた。
「ただいま戻ったッス!」
「……あー、重てぇ。麻袋に荷物詰め込みすぎだろ」
大きな麻袋を肩に担いだイーグルと、その後ろをスキップするように歩くアリス。二人の帰還に、カウンターでグラスを磨いていたアリエルと、隅のテーブルで小型ゴーレムの関節をいじっていたフェネカが同時に顔を上げた。
「おかえり。……なんだアリス、やけに足取りが軽いな。掃除をサボれるのがそんなに嬉しいか?」
アリエルがぶっきらぼうに声をかけるが、その鋭い視線はアリスの髪で揺れる「青い花」のヘアピンを即座に捉えていた。
「見て見てッス! イーグル様に買ってもらったッス! これ、アリエル様からのボーナスだって言ってたッスよ!」
アリスが嬉しそうに、そして誇らしげに首を振ってヘアピンを見せびらかす。
「……ほぅ。俺が指示したボーナス、ねぇ?」
アリエルが面白がるように片眉を上げ、イーグルに冷ややかな、それでいて楽しげな視線を向ける。
「……フェネカ。俺が今日、コイツにそんな粋な計らいを命じた記憶があるか?」
フェネカはヘッドセットのインカムを指先で弄りながら、視線すら上げずに口を開いた。
「ボクの記憶には一切ないなぁ。……イーグル、素直になった方がもっとモテると思うけど? ボクがアリスに本当のことを言っちゃおうか?」
「……ふん。俺からっつったって誰も喜ばねぇよ。ほら、頼まれてた食材だ。アリス、とっとと厨房に運べ!」
イーグルは顔を背け、誤魔化すように麻袋をカウンターに放り出すと、そのまま奥のテーブルへと移動した。その後ろ姿を、アリスはヘアピンを触りながら「照れてるッスねぇ」とニヤニヤしながら見送った。
「……まぁいい、似合ってるぞアリス」
アリエルが短く吐き捨てると、アリスは「えへへ、ありがとッス!」と元気よく厨房へ消えていった。
静かになった店内で、アリエルはイーグルの向かい側に腰を下ろした。冗談めかした空気は一瞬で消え、店主の瞳には「掃除屋」としての深い静寂が戻る。
「……で、ギルドの方はどうだった。女の尻でも追いかけて収穫なし、なんてオチじゃないだろうな」
イーグルは無言で、コートのポケットからクシャクシャになった依頼書をテーブルに放り出した。
「……ポイズンミスト渓谷周辺、毒斑の狼の討伐。表向きはな。だが、奥の方は立ち入り禁止だ。Aランクの通行証がいる。ギルド嬢のエーシャによれば、ポイズンミスト渓谷に『赤の輝石』があるって話だ」
アリエルがその依頼書を指先でなぞる。
「ほぅ……。どうやら七つの輝石の話はおとぎ話じゃないようだな。北に『紫』があるなら、西に『赤』があってもおかしくねぇ」
「あぁ。エーシャの話じゃ、あの霧は物理的な強さじゃどうにもならねぇ。肺を焼かれたくなきゃ、相応の準備が必要だ」
フェネカが椅子をくるりと回転させ、皮肉な笑みを浮かべてこちらを向いた。
「毒耐性の魔導具かぁ……。ある程度量産されてるヤツを改良するくらいならできるけど、肺を焼くほどってなると話は別だね。ボクのプライドにかけて最高のものを用意してあげてもいいけど、それなりに時間もコストもかかるかな。君たちの命の値段、安いといいんだけど?」
アリエルは立ち上がり、棚から一番強い酒を取り出した。
「金なら心配するな。……夜の営業が終わったら、必要なもんを書き出せ。明日の朝には揃えてやる」
アリエルが注いだ強い酒の香りが、店内に静かに広がった。




