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206.【暁の静寂と余韻】

七つ目の月が沈み、暁の夜明けに差しかかろうとするアストラル・ノアのスラム街。BAR【プラチナ】の重厚な扉を、アリエルが内側からゆっくりと開け放った。

「さぁ、そろそろ店仕舞いだ。お客さん達、わりぃが出てってくれ」

アリエルの低い声に促され、夜の澱みに浸っていた客たちがゾロゾロと外へ這い出していく。嵐のような一夜を共にしたローズ、トリトス、ヴァレス、そしてフェネカの四人も、それぞれの「城」へと帰るべく、夜明け前の街へと消えていった。

アリスは一時間ほど前、まだ足元の覚束ないマールとジェシカの姉妹を「寝かせてくるッス」と言って、二階へ連れて上がったきりだ。

アリエルは扉を閉めてかんぬきを落とすと、ようやく訪れた静寂の中で、手慣れた手つきでフロアの清掃を始めた。モップが床を滑る音だけが響く中、ふと、カウンターの隅で突っ伏している人影が目に付いた。

「はぁ……。酔い潰れたか……、お客さん! 店仕舞いだよ!」

アリエルが無骨な手でその肩を揺さぶると、ハットが床に転がり、力なく首を揺らして現れたのはイーグルだった。

「お前かよ……」

アリエルは呆れたようにため息をついた。普段は誰よりも警戒心が強く、酒にも飲まれないはずの狙撃手が、伝説の古酒『スノー・ブレス』の冷たさに、よほど深い安らぎを見出したらしい。アリエルは二階に向かって声を張り上げた。

「おーい! アリス! ちょっと来てくれ」

「なんスか~……? もうちょいで爆睡出来そうだったんスよ~」

階段から、眠そうな目を必死に擦りながら顔を出したのはアリスだ。水色のポニーテールが少し解け、年相応の幼い表情で不満げに頬を膨らませている。

「わりぃな……。イーグルが完全に潰れちまったんだ。部屋で寝かせてやってくれ」

アリエルが申し訳なさそうに頼むと、アリスは階段の途中で足を止め、大きく首を振った。

「いや、ウチの部屋は満員ッスよ。マールさんとジェシカさんがベッドを占領して寝てるし、ウチも床の隙間で丸まる予定だったんスから」

「あー……、だよなぁ」

アリエルは眉間に指を当て、唸った。救出した姉妹を優先したのは当然だが、流石にこの大男を冷たいカウンターで転がしておくわけにもいかない。

「……仕方ねぇ。アリス、お前は姉妹の側についててやれ。イーグルは俺が運ぶ。……俺の部屋の予備のベッドを使うしかなさそうだ」

「了解ッス……。アリエル様も、イーグル様のイビキの犠牲になるなんて災難ッスね」

アリスは皮肉げにニヤリと笑うと、再び二階の奥へと消えていった。

アリエルはイーグルの腕を肩に回し、軽々とその巨体を担ぎ上げる。

「……ったく、金目の物は根こそぎ奪う癖に、自分の意識まで持っていかれやがって」

担ぎ上げられたイーグルが、寝言で「……あぁ、いい酒だ……」と小さく呟く。

背中に伝わる仲間の体温と、窓から差し込み始めた暁の蒼い光。

アリエルは不器用な手つきでイーグルを背負い直し、自分たちの「居場所」を一段ずつ踏みしめるように、階段を上がっていった。

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