205.【祝杯と泥棒猫の置き土産】
「おいアリス、そっちの棚の魔導石も忘れるな。一つで金貨十枚は硬いぞ」
「分かってるッス! でもイーグル様、これ……ウチら二人じゃ抱えきれないッスよ!」
崩壊した『ブルードール娼館』の地下。
イーグルとアリスの二人は、驚異的な手際で「不要な財産」を回収していたが、金庫の奥に眠っていた金塊や宝飾品の山は、二人の鞄を瞬時にパンパンに膨らませた。
アリスは周囲を見渡し、檻から解放され、怯えながら立ち尽くしている娼館の女たちに目を向けた。
「……ねぇ、お姉さんたち! 自由になりたいなら、その綺麗なドレスを袋代わりにして、この金貨を運ぶのを手伝ってほしいッス! 分け前はたっぷり出すッスから!」
数刻後。深夜の静寂に包まれたスラム街に、奇妙な行列が現れた。
先頭を歩くのは不敵な笑みを浮かべるアリエル。その後ろを、重そうな袋を抱えたイーグルと、数十人の娼館の女たちが、ドレスの裾を袋にして財宝を運びながら続いていく。
一行が辿り着いたのは、BAR【プラチナ】。
「お帰りなさい。……あら、随分と賑やかね」
ローズが呆れたように出迎える中、アリスはカウンターに金貨の山を一つ築き、手伝った女たちにそれを分配した。
「はい、これはお姉さんたちの再出発資金ッス! あとはウチがなんとかしてあげるから、一旦ここで休んでて!」
アリスはそう言い残すと、夜の闇へと飛び出した。向かった先は、新しくギルドマスターに収まったあの老商人の元だ。
「……ホッ……ホッ……。深夜ニ……何事ジャ……。」
叩き起こされた老人は、アリスから『ブルードール娼館』の壊滅と、保護した女たちの処遇について聞かされると、濁った瞳を光らせた。
「ナルホド……。ソノ女タチノ……面倒ヲ見レバ……ワシハ……慈悲深キ……マスタートシテ……名声ヲ得ルワケカ……。良カロウ……。スベテ……ワシガ……引キ取ロウ……。」
アリスが店に戻る頃には、女たちはギルドの使者に連れられ、新しい人生の一歩を踏み出していた。
ようやく静かになった店内で、イーグルが意気揚々と、一際厳重に包まれたボトルをカウンターに置いた。
「おいアリエル、見てくれよ。あの金庫の二重底、最奥に隠されてた最高級品だ」
それは、深みのある濃紺のクリスタルボトルに収められた、伝説の古酒『スノー・ブレス』。
「……ほう。あの女狐、こんなもんを独り占めしてやがったか」
アリエルは手際よくボトルを開け、冷たくも芳醇な香りを店内に漂わせた。
「マール、ジェシカ。……あんたらに、特別な一杯を出す」
アリエルは、救出された姉妹の前にストレートグラスを置いた。
「……いいんですか? こんなに高い酒を、私たちに……」
ジェシカが震える声で尋ねる。アリエルは琥珀色の液体を注ぎながら、静かに答えた。
「この酒は、本来なら北の冷たい大地で、あんたらの同胞が祝杯に使うはずのものだ。……奪われた場所から取り返しただけだ。遠慮なく飲みな」
姉妹が口をつけると、凍てついていた彼女たちの心を溶かすような、温かな安らぎが広がっていった。
「……美味しい。……本当に、温かいです……」
姉妹の瞳に、感謝の涙が溢れる。それを見たトリトスが「クハハ! 良い飲みっぷりだ。」と笑い、イーグルが戦利品の金貨を数え始める。
アリエルは自分用の一杯を注ぎ、仲間たちに向けてグラスを掲げた。
「……今回の汚れは、これで全部おしまいだ。……乾杯。」
スラムの夜風は冷たいが、BAR【プラチナ】の灯火は、どんな北風よりも温かく燃え続けていた。




