200. 【掃除屋の矜持と紅い警告】
「クックッ……。すまねぇなお嬢さん。力加減を間違えちまったようだ」
アリエルはそう言うと、首の骨を鳴らしてシガーをくわえ直し、ゆったりと紫煙を吐き出した。
その表情には、術を破られたことへの怒りも、圧倒的な力を見せつけた傲慢さもない。
ただ、依頼人の「実力」を正当に測り終えた後の、プロの顔があった。
「いえ……。これほどとは思いませんでした。貴方を甘く見ていた私が悪いんです。すみません」
カウンターに突っ伏したまま、マールは力なく首を振った。顔を上げた彼女の額には汗が滲み、紅かった瞳は通常の色彩へと戻っている。
だが、その瞳に宿る光は、先ほどまでの絶望ではなく「確信」へと変わっていた。
「姉はキャラバンの護衛の為にこの街にやって来ました。念の為、魔道具で連絡を取り合っていたのですが、1週間連絡が無かった為、探しに来た次第です」
その告白を聞き、カウンターの奥で重厚な古書を閉じたトリトスが、静かに、だが重みのある口調で告げた。
「一週間……。マズイな。水や食料を与えられていないとすれば、生存していたとしても相当に衰弱しているはずだ。……時間はないぞ」
トリトスは緑色の鋭い眼光をマールに向け、淡々と残酷な事実を並べる。
「しかし……、我が以前読んだ禁書には、ブラッドアイ(血眼族)はその身すべてが希少な魔導触媒、あるいは万病を癒やす『薬』になると記されていた。それが血か、肉か、あるいはその眼か……。どこが狙いであれ、獲物を生かしたまま解体するのが奴らの常套手段だ」
「解体、なんて……そんな……っ!」
マールの顔から一気に血の気が引いていく。その肩を、アリエルの大きな手が無造作に、だが力強く叩いた。
「おい、トリトス。お嬢さんを脅すのはそこまでにしとけ。……いいかマール。この街の『ゴミ箱』は、死体よりも生きた獲物の方が隠しにくい。一週間も生かされているなら、まだそのクソ野郎の喉元に手は届く」
アリエルはカウンターに置いてあったマールの銀貨を一枚だけ指で弾き、空中で掴み取った。
「金は『着手金』だ。残りは……姉さんを救い出した後、二人のこれからの人生のために取っときな」
アリエルが立ち上がると、BARの隅に潜んでいたアリスが音もなく姿を現し、イーグルがリボルバーの装填を終えて不敵に笑う。
「さあ、掃除の時間だ。フェネカ、その魔道具の残滓を追え。」




