129.【月下の検分:暴力の解答】
監査官バッカスが屈辱に顔を歪めて店を去ってから数時間。アストラル・ノアの街を包む静寂は、死を待つ病人の呼吸のように不自然だった。
「……配置完了。店を囲む度胸はないみたいね。路地裏に誘い込んで『事故』として処理する気よ。三流の脚本ね」
ローズがホログラムを閉じ、冷ややかに告げた。彼女の指先はデバイスを介さずとも、大気中の魔力素の揺らぎを敏感に感じ取っている。
店から数ブロック離れた廃倉庫。月明かりの下、バッカスが私的に雇い入れたギルドの「武装執行官」十二名が、魔導剣を抜き放ち待機していた。
「遅かったな、罪人ども」
暗がりからバッカスが姿を現す。その背後には、重厚な魔導アーマー二機が、鈍い蒸気音を立てて鎮座していた。
「ここで貴様らを始末し、証拠はすべて灰にする。スラムの火事だ、誰も気に留めん」
「――やれやれ。ボクの尻尾がまだ乾ききってないうちに、これかい?」
暗闇からフェネカがゆらりと現れた。その手には、自慢の魔導ゴーレムも、複雑な遠隔操作端末もない。
「おい、あのキツネ、丸腰か?」
執行官が嘲笑い、間合いを詰めた瞬間――フェネカの姿が「ブレた」。
「【緊急回避】……論理的な予測より、野生の直感の方が速いんだよね!」
フェネカは目にも留らぬ速度で懐に潜り込み、執行官の魔導鎧の「継ぎ目」を、ただの鉄のピック一本で正確に突き抜いた。基礎スピードの向上が、ピックという原始的な道具を必殺の凶器に変えていた。
「アリス、出力を三割に絞れ。一本の針で通すイメージだ」
アリエルの指示と共に、アリスが【ステラ】を構えた。
「……はいッス! 【魔力糸】、固定!」
放たれた雷撃の弾丸は、かつてのような派手な爆発を起こさず、一本の極細の光線となって執行官の神経系を焼き切った。魔力の「漏れ」を克服した彼女の射撃は、避けることの叶わない「光の外科手術」だった。
驚くアリスを狙い、背後から振り下ろされた魔導剣を、アリエルが「素手」で受け止めた。
「悪いな。俺の身体は今、そこらの魔導障壁より硬いぜ」
ミりりと音を立てて剣をへし折り、アリエルはそのまま執行官の顔面に、肉体の「密度」を増した拳を叩き込んだ。
戦場の中心で、イーグルはただ一人、グラスを揺らすような余裕を持って歩を進めていた。
「ひ、怯むな! 撃て! 魔法で焼き尽くせ!」
バッカスの悲鳴に応じ、魔導アーマーが火球を一斉に放つ。
だが、イーグルはそれを避けない。
「【不運の予兆】……。お前らの魔法がどこを狙うか、外れる運命だけがはっきりと見えるんだよ」
弾道からミリ単位で体をずらし、イーグルは腰の【リボルバー】を抜き放った。
――ドォン!
爆音と共に放たれた鉄の弾丸が、魔導アーマーの覗き窓を粉砕し、操縦士を絶命させる。
「な、なんだ……その威力は! 魔法も使わずに、この装甲を……ッ!」
「『物理』を舐めるなよ、役人さん。鉄の弾丸は、お前らの神様よりも実直に働く」
五分後。
立っているのは、泥の汚れすら戦闘の勲章に変えた【プラチナ】の面々だけだった。
バッカスは腰を抜かし、崩れ落ちたアーマーの陰で震えていた。
「殺さねぇよ。お前にはまだ、『ツケ』を払ってもらわなきゃならねぇからな」
イーグルが、熱を持った銃口をバッカスの額に押し当てた。
「お前の命を賭ける価値はもうない。だが、ギルド内部の情報……そいつを全部、店にデリバリーしてもらおうか」
アストラル・ノアの夜に、新たな序列が刻まれた。




