119.【磨き上げ:地獄のメイド教育】
「……よろしいですわ。そこまでおっしゃるなら、わたくしがこの泥鼠を、宝石に変えて差し上げます」
ヴァレスが冷たく微笑むと、店内の空気が凍りついた。彼女の手がアリスの細い手首を掴み、問答無用で二階の居住区へと引き立てていく。
「ちょ、ちょっと待つッス! どこへ連れて行くッスかー!」
「無駄な抵抗はおやめなさい。……まずはその、鼻をつく下水の臭いを徹底的に落としますわよ」
■第一工程:洗浄と除菌
二階の浴室。ヴァレスは市場で調達した最高級の薬用石鹸と、自身の魔力を編み込んだ温水を惜しみなく投入した。
「痛いッス! 皮が剥けるッスよ!」
「甘えを捨てなさい。毛穴の一つ一つに詰まったスラムの汚れが、わたくしのプライドを逆撫でしていますのよ。……ローズ、例の魔導除菌ミストを!」
「はいはい、準備万端よ。アリス、目をつぶってなさい」
ローズが持ち込んだ特製ミストが噴霧され、アリスの肌は元の白さを取り戻し、水色の髪はシルクのような輝きを帯び始めた。
■第二工程:肉体改造(賄い)
風呂上がりのアリスの前に、アリエルが無骨に一皿を置いた。
「教育には体力がいる。全部食え」
出されたのは、晶狼の肉を極限まで煮込み、栄養価を濃縮した特製コンソメと、新鮮な野菜のサラダ。飢えていたアリスは、ヴァレスに姿勢を矯正されながら、涙目でそれを完食した。32kgしかなかった身体に、わずかながら「生気」が宿る。
■第三工程:制服と作法
最後に用意されたのは、ヴァレスが市場で厳選した布地をローズが裁断し、魔導ミシンで縫い上げた「プラチナ特製メイド服」だった。
落ち着いたダークネイビーのドレスに、雪のような白のエプロン。オーガの角を邪魔しないよう、カチューシャの形状も特注されている。
「背筋を伸ばしなさい。指先は揃えて。言葉の語尾から『ッス』を削ぎ落とせと言っているでしょう?」
「無理ッス……じゃなかった、無理です……わ、ヴァレスさん……」
「『様』と呼びなさい。もう一度!」
数時間後。
一階のカウンターで酒を飲んでいたイーグルとトリトスの前に、ゆっくりと階段を下りてくる影があった。
「……お待たせいたしましたわ。これが、わたくしの解答です」
ヴァレスが誇らしげに一歩下がると、そこにいたのは、さっきまでの泥塗れの少女ではなかった。
汚れを落とした水色の髪は美しくポニーテールで跳ね、オレンジ色の瞳は意志の強さを宿して輝いている。サイズを合わせた制服が、まだ細いながらも品格を感じさせるシルエットを形作っていた。
「……アリス・アストラル、ッス。……じゃなくて、アリスです。……本日より、この店でお世話になります……わ」
頬を赤らめ、ぎこちなくスカートの端を摘んでお辞儀をするアリス。
トリトスは満足げに頷き、イーグルはタバコの煙をゆっくりと吐き出した。
「……いい面構えになったな。ヴァレス、あんたの仕事にケチはつけねぇよ」
「当然ですわ。これでも妥協したくらいですもの」
BAR【プラチナ】に、最年少の「毒」を持ったウェイトレスが誕生した瞬間だった。




