115.【精算:受付嬢の沈黙と飛び級の銀】
「……戻らないわね。やはりレベル6には荷が重すぎたのかしら」
ギルドの受付嬢ミラは、深夜の静まり返ったホールで一人、書類を整理しながら溜息をついた。
あの「隠し倉庫」の守衛がどれほど冷酷か、彼女は知っていた。事務的に送り出したものの、内心では一抹の罪悪感に苛まれていたその時。
ギィィィィィ……。
静寂を切り裂いて、ギルドの重い扉がゆっくりと開いた。
「よぉ。……夜分遅くにチェックアウト(報告)だ。迷惑だったか?」
現れたのは、返り血でわずかに汚れたコートを羽織り、悠然とタバコを燻らすイーグルだった。
その後ろから、アリエルが「何か」を引きずりながら入ってくる。
「あなた……生きて……っ!? それは……何?」
ミラが絶句したのは、アリエルの背後に繋がれた「芋虫のような塊」を見た時だった。
パンツ一枚に剥かれ、ロープで数珠繋ぎにされた銀鋼騎士団の精鋭たち。かつては威圧感を放っていた彼らが、今は猿轡を噛まされ、屈辱に震えながら引きずられている。
「下水道の『ゴミ』だよ。……ついでに、あんたらのギルドが『失くした』って言ってた荷物の残骸だ。受け取れよ」
イーグルが、意図的に「空に近い」証拠品の袋をカウンターに叩きつけた。中には、不自然に欠けたり品質の落ちる魔石や、空の木箱が転がり出る。
「そんな……騎士団の守衛を、レベル6のあなたが……? それに、この在庫の量は少なすぎ……」
ミラが言葉を詰まらせた瞬間、イーグルの冷徹な視線が眼鏡を貫いた。
「……ミラさん。……『これ以上』の在庫を詳しく調べられたいか? それとも、この袋の中身だけで『事件解決』として処理するか。……あんたなら、どっちが事務作業を減らせるか、算盤を弾けるはずだ」
ローズが横からタブレットを操作し、ミラだけに聞こえる極小のボリュームで、先ほどの倉庫の内部映像——ギルド上層部が関与している決定的瞬間のデータを再生した。
「……っ!!」
ミラの顔が真っ青になり、震える手でカウンターを握りしめた。
ここで彼らを拒絶すれば、ギルドの不正が公になり、この街のパワーバランスが崩壊する。逆に彼らを「英雄」として迎え入れれば、少なくとも今の平穏(と汚職の証拠)は闇に葬れる。
「……失礼しました。……あなたの言う通り、現場は非常に荒らされており、残っていた物資は『これだけ』だった。……そう報告します」
ミラは深々と頭を下げ、震える手で二枚の新しいプレートを差し出した。
それは、Fランクを数段階飛び越えた、中堅冒険者の証——。
「特例として、本件の功績を鑑み、あなた方を『Cランク』へ昇格させます。……それと、これがギルドから出せる最大限の『報奨金(お釣り)』です」
差し出されたのは、ずっしりと重い金貨の袋。
「話が早くて助かる。……さて、アリエル。これを持って帰るぞ。明日からは、本当の開店準備だ」
イーグルは金貨を受け取ると、一度も振り返らずにギルドを後にした。
翌朝、アストラル・ノアのスラム街。
廃墟同然だった元酒場の扉に、新しい看板が掲げられた。
それは、ギルドから奪った物資に紛れていた金の板に、力強く刻まれた文字。
【BAR PLATINUM】
異世界アストラル・ノア。
この街の「ツケ」を全て買い取るための最初の拠点が、ついにその産声を上げた。




