第一話 牢獄、そして出会い
「今日からここがお前の住まいになる」
そう言った番兵が示した先には、硬く冷たい鉄格子で遮られた空間があった。
湿気臭く、粗末な石材で作られた壁と床には所々に苔がはびこっていた。そこにあるのは、牢屋には似つかわない朽ちかけの木で出来たやたら凝ったデザインのシングルベッド。そして《用足し》に必要な便器だけだ。
向かって右側にベッド、左端奥に便器。さすがに囚人の収容に使うだけあって無駄な物が無い。
それにしても、
「陰気くさっ……。まぁ、華やかな牢屋ってのが無理があるかな」
「何を一人で呟いている!いいからさっさと入れ!」
いきなり番兵に後ろから突き飛ばされたので、ノアはバランスを崩して前のめりに倒れてしまった。それと同時に牢の格子が激しい音を立てて閉まった。
「いってぇ……。おいこら!もっと優しくしろ!って…あれ?」
振り返ると番兵はすでに持ち場へ戻ったらしく、ノアの怒声は虚しく閑散とした牢屋内に響いた。
改めて周りを見渡す。空気が重々しい。湿気が多く、日の光が届かない地下牢はとんでもなく淋しい場所なんだと、目を凝らしながら再確認する。唯一の光源である松明の光でさえ不十分だ、そのせいで他にもある牢屋の中がよく確認できない。しかし、自分の他にもここに収容されている囚人が居ることをノアは肌で感じ取っていた。
「さあて、どうするかな? 脱獄なんて劇的な展開はお城の皆さんが望んでないだろうし……」
「脱獄? それは悪いけど無理って話だ、兄ちゃん」
向かいの牢屋の中から独り言への返答が来た。中年の男の声だ。
「どうかな?そういうのは、やってみなきゃ分かんないだろ」
ノアはすかさず異を唱えた。
「そうとも言えるがな。でもな、この牢は見かけとは裏腹にもの凄く強固だ。そして牢の管轄長は≪陽光の煌き≫だ。聞いたことあるだろ?」
≪陽光の煌き≫。アルセルグ騎士団一番隊隊長の二つ名だ。ここ一年間の記憶しか有していないノアでも聞き覚えがあった。八年前の戦争では、たった一人で敵兵二百人を薙ぎ倒したと噂されるほどの武人だ。先日も帝都で彼のファンが騒いでいたな、とノアは思い出していた。
「確かに無理っぽいな……」
ノアは顎に手を当てて思案した。
「だろ? あんな化け物を相手にしたら命がいくつあっても足りねぇよ」
しかし、彼が心配していたのは自分に降りかかるであろう火の粉についてではなく、彼の知人へ降りかかる可能性のある火の粉の方だった。
脱獄したら孤児院のみんなに迷惑かかるな、明らかに。うん、やめよう。大人しくしていよう、とノアは心の中で呟いた。
「ところで、兄ちゃんは俺たち囚人に課せられる仕事については説明されたのか?」