若きメイドのキャメラ
転生などという言葉を使ったが、それはナレーターの視点から見た場合に使われる語であり、男は悲鳴を上げた後少年の口をぽかーんと開けながら微動だにしなかった。
一体何が起こっている!?私の体はここまで白くもないし、小さくもないはずなのだが……
男はここですぐに自信が転生者であると盲信できるほど彼の元いた世界に対して不誠実に生きようとしなかったし、それを可能にする程度の忍耐力も兼ね備えていたので、転生という語としての知識は国語辞典に載っている程度の物はあったのに未だに結論付けられずにいた。
一体さっきから何が起こっているのだ。どう考えても整合性の取れるような仮説は組み上げられない。ひとまず部屋の外に出てもう少し現状の確認をしなければ。……身体が違うとここまで歩きにくくなるのか。
なんとかしてドアの取っ手に手をかけた時、彼は生まれたての子鹿のように足を震わせながら立っているのがせいぜいといった様子でドアを開けた。
男が扉を開けるとそこは廊下らしく、忙しなく人が左から右へ右から左へと掃除用具や書類の束を持ちながら行き交っていた。男は視界に入ったモップのようなものを持ったメイド服を着た女に声をかけようと近づいた。
「今少しお時間よろしいでしょうか」
女は少し驚いたがすぐさま返事をした。
「はい、若様。何か御用でしょうか」
男は会話の噛み合わなさをなんとなく感じつつも強引に続けた。彼はわかっていなかったのだ。自分がどのような立場の人間で、今の状況がいかに常識外れないような光景であるのかを。
「申し訳ありません。先程まであの部屋を使わせて頂いていたものなのですが、昨日寝ていたはずの場所じゃなかったり、自分の体が変形していたりで何が何だかわからず混乱しているのです。お忙しそうですからそちらの用事が済むまでいくらでも待ちますので、何か事情のりそうな人を呼んでいただけませんでしょうか」
呼びかけられたキャメラ-メイド服を着た女-は色々な意味で驚いていた。一つにはキャメラのような身分の低いものに話しかけているということ。二つ目には、キャメラに丁寧な敬語を使っているということ。それだけでもキャメラは混乱して思考をまとめる事が難しかったというのに、3つ目に、言っている事の内容が突飛すぎるという事がキャメラの理解の範疇を完全に超えさせてしまっていた。4つ目に昨日まで元気そうであったそのお体がどう見ても震えておりどうやら立つのがやっとでありそうだという事。そしてのっぴきならぬ事態である事だけはなんとか察する事ができたキャメラは彼女の上司であるレンの所に相談しに行こう決めた。
「申し訳ありません。私では色々と判断がつきかねますので、家政婦長に対応を相談したいのですがよろしいでしょうか」
「あぁ、それで構いません。改めてお忙しい中丁寧にありがとうございます。あの…もし面倒なら、一緒に連れて行ってからもらっても構いませんよ?その方が話も通しやすいかもしれませんし、何より貴方の仕事の邪魔になるのは申し訳ないので……」
彼は自分の提案が実行されるならば、如何に彼女がとても悪い方向に目立ってしまうのかを全く分かっていなかった。そしてそれを知っているキャメラは揶揄われているのだろうかと勘ぐりながら慌てて答えた。
「!?そんな恐れ多い真似は出来ません。若様はお部屋で身体を大切になさってください!!そ、それでは失礼致します」