覚醒
ある日男は、起きたら昨日の夜まで無機質な色だったはずの天井が-その男の意識が連続して観測する限りにおいて-見たことのない品のあるものに変わっていたことに気付いた。夢だろうと思ったのかまた目を閉じた。男は重い責任を背負う仕事についていたので眠れる時に眠って十全に職務を全うできるように努めていたのだ。そしてそのまま夢を見た。思慮深く全ての物事に配慮しながら納得のいくように振る舞っている何かがある。いいなと思う男がいる。しかし夢の中といえど男は真っ直ぐであった。その憧れを目標の一つと捉え、自分には何が足りないのか必死に夢の中で考え始め出したのであった。
男の住む部屋は仕事に必要なものとベッド以外何も置かれていなかった。もちろんそれは食事にも当てはまることで、飯時になると朝昼夕すべての食事はいる場所から近いファーストフード店で毎回同じ様なものを取っていた。栄養が偏ってはいけないからと、なるべく健康的なものを選びそれ以外の目的で栄養を取ることをよしとしなかった。男は欲していないわけではない。ただ、無暗に欲しないのであった。
足音がスタスタとなっていた。それは周りに配慮するためかあまり大きくなく、壁一枚挟んだ向こう側の男の意識を覚醒させることはないはずであったが、若々しい少年の耳-本来は年を取ってよく聞こえないはずの-は、彼の鋭敏な意識を強烈に揺さぶったように見える。それから一呼吸もおかずにしかめっ面をしながら男は覚醒した。
目を開け私の主観が映し出したものは、先ほど私が夢だと断じたであろうものと同じであるように見える。上半身を思い切り起こし周囲を見渡すとそこはおよそ自分の部屋とは思えなかった。お隣さんが壁マンションの廊下を通っている歩いてるとは感じられるような音はなく、その代わりに、大きな-これまた見慣れない-ドアの向こうで廊下を通っているであろう見知らぬ情緒を感じさせる人の控えめな空気感をせわしなく感じる。脳が情報を処理しきれていない。深呼吸をして、目を閉じる。目を閉じるのは私にとって寝る以外に、外界から情報を隔絶し注意深く念入りに状況を精査する手段でなのだ。
ここはどこ? わからない
ここはどんな場所? 華美というより上品な装いの部屋の中でベッドがある
何をしている? 寝ていた
昨日の寝る直前はどこでどうした? 自宅でいつものように布団を敷いて中に入った
ちーちーと鳴く鳥の声のようなものが聞こえる 複数の足音が聞こえる 独特なにおいの薬草?が匂う
今が夢であるという仮定を排除するとなると、実は記憶にないが倒れて意識を失ったまま病院に運ばれていたというのが一番わかりやすい。あるいは実は部屋に帰ったというのは勘違いで会社で寝泊まりしていた?しかし、それにしては目を閉じる前に視認したあの部屋はどうも広すぎる。可能性を保留しほかのパターンを検討。・・・どの道筋を探しても突飛な発想しか浮かばない。考えるのは保留してもう少し状況確認するしかないのか。
男はやはり動揺していたのかもしれないし、元来の自分に無頓着な傾向が出ていたのかもしれないが自分の体についての確認を怠っていたようだ。ベッドを降りる時彼の体勢は大きく前かがみになりそのまま激しく転んでしまった。男は痛がる素振り一つしなかった。しかし、絨毯の上についた手から、首を曲げていき己の体全体に目線をなぞらせていったとき男は悲鳴にもならない甲高い声を、朝起きてから、そしてこの世界に転生してから初めての、声を上げた。
「ん~~~~~!!!!!」