第五話:アマノイワトの秘密、重なる運命
翌朝。
食卓には、妹のユキが用意してくれた温かい味噌汁と焼き魚が並んでいた。
いつも通りの光景のはずなのに、今日はどこか違和感があった。
「ユキ、なんかボーッとしてないか? 顔色も悪いぞ。大丈夫か?」
「え? あ、ううん、なんでもないよ、お兄ちゃん! ちょっと寝不足なだけ!」
僕の問いかけに、ユキは一瞬驚いたように顔を上げ、慌てて作り笑顔を向けた。
だが、その笑顔はどこか上の空で、目の下にうっすらと隈ができている。
明らかに何か隠している様子だ。
「ちゃんと寝てるか? 無理すんなよ」
「うん、大丈夫だってば。それより、お兄ちゃんこそ、また夜更かししてたんでしょ? そのクマ、隠せてないからね!」
「……うっ」
ユキに鋭く指摘され、僕は思わず視線を逸らす。
まあ、否定はできない。ここ最近、父さんの手がかりを探してウィーヴに潜る時間は増える一方だ。
食事が終わり、登校の準備をしていると、アリスの声が聞こえた。
現実世界での彼女は、常に標準AIアシスタントとしての口調を崩さない、僕だけの秘密の相棒だ。
『マスター、昨夜から中島ユキ様のNEO-L1NNKに微弱ながら断続的な外部干渉波を検知しています。原因不明ですが、通常観測される環境ノイズとは異なる、明らかに指向性を持ったパターンです。まるでウィーヴの深淵から伸びる細い糸が、対象を特定し、絡め取ろうとしているかのようで……非常に気になります。現時点では明確な悪影響は確認されていませんが注意が必要です』
「外部干渉波……? システムの深部からの干渉か、それとも……」
『判断するには情報が不足しています。継続して監視します。マスター、ユキ様の傍にいる際は、警戒を怠らないでください』
ユキの様子がおかしいのは、この不気味な干渉波のせいなのかもしれない。
一体何が目的なのか。言いようのない不安が胸をよぎったが、今は学校へ行くしかない。
ユキには気づかれないよう、平静を装って家を出た。
◇◆◇◆◇
その日の夜。
昨日バトルアリーナで手に入れた情報――テンペストとの対戦リプレイデータや、観客たちのチャットログなどを解析していた僕の元に、緊急通信を知らせるアラートが鳴った。
発信者は、巫女風アバターのハッカー、《ミュー》だ。
『【SAT0$H1】さん! 大変です! 《シードカード》の欠片と思われる強い反応を捉えました!』
画面に表示されたミューのアバターは、いつになく焦っている様子だった。
「本当か! 場所はどこだ?」
『データアーカイブ「アマノイワト」の最深部セクターです! でも、セキュリティレベルが異常に高くて、私一人じゃとても……! お願いします、力を貸してください!』
ミューの声は切羽詰まっている。
アマノイワト――ウィーヴの中でも特に古く、膨大な情報が眠ると言われる巨大なデータ保管庫だ。
ウィーヴの歴史そのものが記録されたアーカイブのような場所。
当然、ウィーヴ全体の監視も最も厳しいエリアの一つのはずだ。
「わかった、すぐに向かう。そこで待っていろ!」
『ありがとうございます! お待ちしています!』
通信を切り、僕はすぐにダイブギアを装着した。
『マスター、行き先はアマノイワトでよろしいですね? セキュリティレベルAAAの超危険エリアです。この区画はL3レイヤーの中でも最重要区画に指定されており、システムの直属と思われる最高レベルの監視下にあります。まるでウィーヴの深淵に潜む意志が、この場所を何よりも特別視しているみたいに……。くれぐれもご注意ください』
アリスの警告に、ゴクリと唾を飲み込む。
L3レイヤー……ヤタガラスやナイト・クロウがあったL2よりもさらに奥深く、危険な場所ということか。
「ああ。アリス、サポート頼むぞ」
『承知しました、マスター。……「接続」!』
意識が再びウィーヴへ。
漆黒のコートを翻し、【SAT0$H1】として俺は巨大な光の門――アマノイワトの入り口に降り立った。
周囲には、滝のように膨大なデータストリームが流れ落ち、複雑怪奇な幾何学模様を描き出している。
古代遺跡のような荘厳さと、最新鋭セキュリティシステムが融合した異様な光景が広がっていた。 荘厳だが、同時に近寄りがたい雰囲気を放っていた。
『ふぅ、相変わらずすごい情報量と密度ね、サトシ。この情報圧……システムの基盤構造に近い層よ。少しいるだけで精神が摩耗しそう……。長居は絶対に禁物よ』
いつもの親しみやすいアリスの声が思考に響く。
この声を聞くと、少しだけ緊張が和らぐ。
「ああ、分かってる。ミューと合流して、さっさと欠片を回収するぞ」
アリスの完璧なナビゲーションに従い、データの奔流を縫うように内部へと進む。
時折、巡回している高レベルの監視プログラム(ウォッチャー)が接近してくるが、アリスが事前に察知し、俺はその鋭いセンサーの網を巧みに回避していく。
まるで影の中をすり抜けるように。
やがて、少し開けた階層にたどり着くと、そこには不安げな表情で待つミューの姿があった。
彼女の巫女装束アバターが、周囲の無機質なデータ空間の中で、場違いなほど清らかに見える。
「【SAT0$H1】さん! よかった、来てくれたんですね!」
「状況は?」
「はい、この先のゲートの向こうに、間違いなく《シードカード》の強い反応があります。でも、ご覧の通り、強力な防壁プログラムが……」
ミューが指差す先には、幾重にも重なった虹色の光の壁が立ちはだかっていた。
複雑怪奇な暗号鍵で幾重にもロックされているようだ。見ただけで突破の困難さが伝わってくる。
「アリス、解析できるか?」
『試してみるわ。かなり高度なプロテクトだけど……時間をかければ……』
アリスが解析を始めた、その時だった。
「……!」
鋭い気配を二つ同時に感じて、俺は咄嗟に振り返った。
そこには、予想していたような、していなかったような二つのアバターが立っていた。
一人は、鴉をモチーフにした漆黒のアバター――《レイヴン》。
もう一人は、先日『修羅』で激闘を繰り広げたばかりの重装甲アバター――《テンペスト》だ。
「よう、【SAT0$H1】。奇遇じゃねえか。あんたも例の《お宝》探しってわけか? ま、俺が先にいただくけどな!」
テンペストが、巨大な斧槍を肩に担ぎながら、ニヤリと笑って声をかけてくる。
一方、レイヴンは相変わらず無言で、ただ鋭い視線を光の壁に向けていた。
その瞳には、焦りのような色が僅かに浮かんでいるように見えた。
「あなたたちも、《シードカード》を狙って……?」
ミューが警戒するように一歩下がり、俺の背中に隠れるように身を寄せた。
「……邪魔」
レイヴンが短く呟き、俺たちのことなど意にも介さず、光の壁に向かって高速で接近する。
「おっと、抜け駆けはずるいぜ、レイヴン! 僕だって見つけたんだからな!」
テンペストもすぐさま後を追う。
どうやら、目的は三人とも同じらしい。面倒なことになってきた。
「くっ……先を越されるわけにはいかない!」
俺もミューの手を引き、ゲートへ向かう。
状況は完全に三つ巴、いや、アリスを含めれば四つ巴か。
レイヴンが壁に触れた瞬間、激しいスパークと共に強力な防衛プログラムが起動した!
壁面から無数の光の槍が生成され、侵入者を排除せんと降り注ぐ!
「ちっ、面倒なトラップ仕掛けやがって!」
テンペストが斧槍をブンブン振り回し、飛来する光の槍を豪快に叩き落とす。
そのパワーは凄まじいが、数が多すぎる。
レイヴンは最小限の動きで攻撃を回避しながら、壁の構造を解析し、突破口を探っているようだ。
さすがの手際だが、単独での突破は難しそうだ。
「【SAT0$H1】さん、どうしますか!?」
ミューが不安そうな声を上げる。
「……今は一時休戦、協力するしかないみたいだな。アリス、防御プログラムのパターン解析急いでくれ!」
『了解! 解析率三十パーセント……五十パーセント……パターン特定完了! 対抗コードを生成するわ! サポートに回る!』
アリスが瞬時に防御プログラムの対抗コードを生成する。
俺は思考インターフェースにプログラムカード《コード・ジャマー》をセットした!
「――デプロイ!」
『プログラムカード《コード・ジャマー》、実行! 防御プログラムの動作を一時的に阻害します!』
俺が放った対抗コードが光の槍の生成パターンを乱し、動きを鈍らせる!
その隙に、ミューが何かのサポートスキルを発動させたようだ。
彼女のアバターから放たれた優しい光が、俺たち三人のアバターを包み込み、防御力をわずかに引き上げる。
「よし! 今だ! 道を開けろぉっ!」
テンペストが雄叫びを上げ、渾身の力で斧槍を防御壁の一点に叩きつける!
凄まじい衝撃と共に壁の一部が砕け散った!
レイヴンもその突破口から、影のように素早く内部へと侵入した。
俺とミューも遅れずにそれに続く!
内部は、さらに複雑なデータ構造が絡み合う迷宮になっていた。
互いに牽制しあいながらも、次々と現れるセキュリティトラップを突破するためには、暗黙のうちに連携せざるを得ない奇妙な状況が続く。
テンペストが物理的な障壁をそのパワーで破壊し、レイヴンが隠された電子トラップをその鋭い感覚で看破し、ミューが補助スキルで俺たちを支援し、俺がアリスの助けを借りてハッキングで電子的なロックを解除する。
いがみ合っていたはずの俺たちが、いつの間にか一つのチームのように機能し始めていた。
そして、幾多の困難を乗り越え、ついに最深部と思われる広大な空間にたどり着いた。
そこは静寂に包まれていた。
中央には、巨大なクリスタルのような構造物が厳かに浮遊しており、その中心で、ひときわ強く、まるで生命そのもののような脈動を感じさせる不思議な光を放つ、小さなカード状のオブジェクトがあった。
「あれが……《シードカード》の欠片……!」
ミューが息をのむ。
テンペストもレイヴンも、その異様なまでの存在感に目を奪われているようだ。
それは、ただのデータとは思えない、何かウィーヴの根源的な力のようなものを感じさせた。
俺たちの知っているプログラムやデータとは、明らかに異質だ。
俺は、まるで何かに導かれるように、吸い寄せられるようにカードに近づき、そっと手を伸ばした。
指先が触れた瞬間――
ビビビッッ!!
脳を直接焼かれるような、凄まじい衝撃が走った!
父特製NEO-L1NNKを通じて、膨大な情報と、暖かいような、それでいて少し切ないような、言葉にできない不思議な感覚が一気に流れ込んでくる!
視界の端で、俺のアバターのステータスウィンドウがエラー表示で激しく明滅した!
『――!? 警告! 未知の高エネルギー反応! 検知限界を大幅に超過! まるでウィーヴの深淵そのものが脈打っているみたい……! そして、このデータ構造……読み取れない! でも、このパターンは……まさか……!』
アリスがかつてないほど驚愕し、動揺した声を上げた。
いつものお姉さんぶった余裕は微塵もない、真剣そのものの響きだ。
『サトシ、このカードの基礎コード……私のコアプログラムの一部や、お父様が遺した研究データと極めて類似しているわ……! 設計思想が……同じ……!? さっきの異常なエネルギーパターンといい、これは一体……? ウィーヴの根源に関わる何か……? 私の存在理由にも……?』
アリスの言葉は、俺にだけ聞こえている。
彼女が自身の出自に関わるかもしれない重大な事実に気づいた瞬間だった。
だが、その意味を深く考える余裕は、今の俺にはなかった。
それほどまでに、流れ込んでくる情報の奔流は激しかった。
《シードカード》の欠片は、俺の手に収まると、まるで呼応するように淡い光を強く放ち始めた。
まるで、正当な持ち主を得て喜んでいるかのようだ。
しかし、安堵する暇など一瞬もなかった。
カードを手にした瞬間、周囲の空間がまるで悲鳴を上げるように激しく歪み、データ構造そのものが崩壊を始め、アマノイワト全体のセキュリティシステムが緊急レベルを超え、フェーズ・ブラックで起動したことを示す、耳をつんざくようなけたたましい警告音が鳴り響いたのだ!
「まずいな……どうやら、とんでもねぇ虎の尾を踏んじまったらしいぜ。こりゃ、ただじゃ帰れそうにねえな!」
テンペストが斧槍を構え直し、獰猛な笑みを浮かべて呟いた。
レイヴンも、既に両腕のブレードを展開し、臨戦態勢に入っている。
最初の《シードカード》。
その想像を絶する力と、それがもたらすであろう激しい波乱の予感をひしひしと感じながら、俺は手の中のカードを強く握りしめた。
ここからが生死を賭けた脱出劇の始まりだ!
(第五話 了)
【次話予告】
ついにゲットした最初の《シードカード》!
なんかアリスと深い関係がありそうじゃん…?
俺たちの絆が試される!?
なんて浸る間もなく、
システムの追手がマジでヤバい!
最高警戒レベルって何だよ!?
でも大丈夫!
ミューも、レイヴンも、テンペストも、
なんだかんだ言いながら一緒に戦ってくれるはず!
これって、もう仲間ってことでいいんだよな!?
このピンチを切り抜けた時、
カードから現れた父さんのメッセージが…!
そこに記された衝撃のラスボス名とは!?
次回、『俺ハカ』第六話「夜叉襲来! アラハバキの名の下に」
仲間とのアツい絆で勝利を掴め!
そして父さんが託した真実とは!?
第一部、感動(?)のクライマックスを見逃すな!
#俺ハカ #仲間っていいな #シードカードゲット #次なる敵へ #チートハーレム #電脳戦記 #AIハック #第一部完結間近
第5話「アマノイワトの秘密、重なる運命」、お読みいただきありがとうございました!
ついに最初の《シードカード》をゲット! アマノイワトでのレイヴン、テンペストとのまさかの共闘、熱かったですね! アリスの出自に関わる秘密も垣間見え、物語が大きく動き出しました。頼れるサトシの背中に隠れるミューも可愛かったです!
しかし、安堵も束の間、最高警戒レベル発動で大ピンチ! 次回はシステムの強力な追手《夜叉》が襲来! そして、父がカードに遺したメッセージから、ついにこの世界を裏で操る存在の名が…!? 第一部、クライマックスに向けて怒涛の展開です!
どうぞお楽しみに!
【今後の更新について】
次回、第6話「夜叉襲来! アラハバキの名の下に」は、次の【金曜日 19:50】に更新予定です!
本作『俺ハカ』は、原則【毎週 月・水・金の19:50】に更新していきます!
ぜひブックマークや通知設定で、更新をチェックしていただけると嬉しいです!
【応援のお願い】
もし少しでも「面白い!」「続きが気になる!」と感じていただけましたら、ページ下の【☆☆☆☆☆】での評価やブックマーク登録、感想などで応援いただけますと幸いです!
皆さまからの温かい反応が、私たちチームの執筆の大きなエネルギーになります!
それでは、また次回お会いしましょう!
#俺ハカ #シードカードゲット #まさかの共同戦線 #アリスの秘密 #仲間っていいな #第一部完結間近 #アラハバキ #チートハーレム #電脳戦記 #AIハック #次回も激戦 #毎週月水金更新