第二話:日常と疑惑、そして共闘
ネオンの川がアスファルトを濡らすネオ東京。
人工的な雨はまだ降り続いている。
昨夜のダイブは収穫と同時に、大きな謎を残した。
データ災害に巻き込まれていた巫女アバターの少女、《ミュー》。
彼女が口にした「シードカード」という言葉。
そして、別れ際に託された「幻想図書館」への道標だというデータチップ……。
父さんが追っていたかもしれない「シード計画」と、どう繋がっているのか?
あのミューという少女は、一体何者なんだ?
まるで解凍に失敗したデータのように、疑問が俺の意識領域を圧迫していた。
『マスター、心拍数及び脳波パターンに軽微な異常を検知。昨夜のミュー氏との接触及びデータチップの解析による精神的負荷と推測されます。休息を推奨します』
朝食のソイペーストをスプーンでかき混ぜながら、アリスからの標準的な警告を聞き流す。
「大丈夫だって。それより、あのデータチップ、解析で何か分かったか?」
『チップ自体は高度なステルス化が施されており、詳細な情報抽出は困難です。現時点では「幻想図書館」への断片的なルート情報のみ確認……。ただし、昨夜、ミュー氏と接触した「澱みのデータ溜まり」周辺で、奇妙な残留エネルギーパターンを検出しました。原因は不明ですが、ミュー氏に関連するものか、あるいは別の第三者の痕跡か……』
「第三者……? あの時の追手か、それとも……」
思考を巡らせていると、玄関のチャイムが鳴った。
ユキがモニターを確認する。
「あ、ミウちゃんだ。お兄ちゃん、ミウちゃんが来たよー」
「え? ミウが?」
桜井ミウ。
妹の友達で、僕と同じ桜舞高校の一年生。
小動物みたいに少しおどおどしていて、いつも何かしらドジを踏んでいる印象の後輩だ。
今日も何か忘れ物でもしたんだろうか。
リビングに入ってきたミウは、僕の顔を見るなり「ひゃっ!?」と小さな悲鳴を上げ、効果音がつきそうなほど慌てて俯いた。
手には小さなデータパッドをぎゅっと握りしめている。
ん……? この反応、どこかで……。まさか。
「せ、先輩! おはようございます! あの、これ、ユキちゃんに頼まれてたデータなんですけど…っ」
「ああ、わざわざありがとう」
差し出されたデータパッドを受け取ろうとした、その瞬間。
『……警告。桜井ミウ氏の生体オーラ及び所持するデータパッドから、昨夜「澱みのデータ溜まり」で検出された残留エネルギーパターンと極めて類似した波形を検知。一致率98.9%』
アリスの冷静すぎる報告が、脳内に直接響く。
――マジか。やっぱり。
え、あの桜井が!? ウィーヴで出会った、あの巫女アバターの《ミュー》!? いやいや、ドジっ子の権化みたいなこのこが、あんな冷静な支援とかできるわけ……? でもアリスの分析だし……まさか、本当に……?
「せ、先輩? どうかしましたか? 顔色が悪いですけど…」
ミウが心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。
昨日のウィーヴでの、ベールの奥から覗いていた不安げな瞳と重なる。
その距離の近さに、思わず後ずさりしそうになった。
「あ、いや、なんでもない! データ、ありがとうな!」
平静を装ってデータパッドを受け取り、ユキに手渡す。
ミウは「は、はいっ!」とどこか緊張した面持ちで頷くと、「じゃ、じゃあ私、これで失礼します!」と、そそくさと逃げるように帰っていった。
ドアが閉まると同時に、深いため息が出た。
『マスター、桜井ミウ氏が昨夜接触した《ミュー》である可能性は極めて高いと判断します。彼女への接触には十分な注意が必要です。彼女が隠している情報、そしてその目的は依然不明です』
「ああ、分かってる……」
まさか、こんな身近にいたとはな。
一体、彼女は何を背負っているんだ?
ますます分からなくなってきた……。
その夜、俺は再びウィーヴにいた。
ミューから託されたデータチップの解析は難航している。
「幻想図書館」への道は、そう簡単には開かないようだ。
ならば、別の角度から「シード計画」の情報を探るまでだ。
今日のターゲットは、巨大複合企業「|ヤタガラス・インダストリー《やたがらす・いんだすとりー》」のサーバー。
L1NNK社ほどではないにしろ、それなりのメガコープだ。
ここにも何か手がかりが眠っているかもしれない。
『準備はいい、サトシ? ヤタガラスのセキュリティは手強いわよ。最近、特にこのセクターの監視レベルが上がっているの。まるで、何か重要なものを必死に隠しているか……あるいは、ウィーヴの深淵に潜む何かが警戒を強めているのかも。気を引き締めていかないとね!』
アリスの親しげな、しかし油断のない声に頷く。
《SAT0$H1》のアバター、漆黒のコートを翻し、光ファイバーの網の目を潜り抜けるように、サーバー内部へと侵入していく。
『よし、第一防壁突破。次は侵入検知システムね。パターン解析……完了。三秒後にセキュリティホールが開くわ。そこから一気に!』
アリスの完璧なナビゲートに従い、タイミングを合わせて防御の薄いポイントを突破する。
順調だ。このまま深層部へ――
『きゃっ!? ちょっと待って、サトシ! 予定外のトラップよ! これは……旧式の捕捉型データマイン! でも、妙だわ…!』
突如、足元のデータ格子が眩い光を放ち、無数の光の鎖が俺のアバターに絡みついた!
まるで実体があるかのように、動きを封じられる!
「くそっ! アリス、解除コードは!?」
『ダメ! この暗号化パターン、古すぎる上に独自改変されすぎてる! まるで意図的に標準規格から外されているみたい……システムの“歪み”を感じるわ。解析に時間が……あっ、敵性プログラム接近! 数が多いわ! ヤタガラスの防衛システムよ!』
警報と共に、統制された動きを見せる、黒いカラス型のアンチハック・ドローンが四方八方から殺到してくる!
その数はざっと数十機!
身動きが取れないこの状況じゃ、蜂の巣にされる!
「アリス! なんとかしろ!」
『やってるわよ! でも、数が多すぎ……! こっちの処理能力が追いつか……!』
アリスの悲鳴のような声。
万事休すか――そう思った瞬間。
「――「守護の祈り」!」
凛とした、しかし間違いなく聞き覚えのある少女の声が響いた。
直後、俺の周囲に白い巫女装束のアバター《ミュー》がふわりと舞い降り、落ち着いた所作で両手から放たれた優しい光の粒子が、俺を守るようにドーム状の障壁を展開した! それは単なる壁ではなく、指向性エネルギーを効率よく減衰させる高度な防御フィールドのようだ。
カラス型ドローンの放つレーザーや実弾が、光の壁に触れて次々と無力化され、霧散していく。
「ミュー!? なぜここに?」
光の壁の内側から、ミューはこちらを振り返った。
顔は神聖な雰囲気のベールで隠されているが、間違いない。
現実での姿――桜井ミウだ!
『サトシさん! ご無事ですか!? あの、昨日はありがとうございました! どうしてもちゃんとお礼と……あと、改めてお願いがしたくて、それで、その……探していたんです…!』
やっぱりミウだったか……。
しかし、ハッカーである俺《SAT0$H1》を探し当てるとは。彼女もただ者じゃない。
『サトシ! 感心してる場合じゃないわよ! 彼女の支援のおかげでデータマインの解析が一気に進んだわ! あと五秒で解除できる!』
アリスの声にハッと我に返る。
ミューは光の壁を維持しながら、的確な位置取りでカラスたちの攻撃を防ぎつつ、時には妨害光のようなものを放ってドローンの動きを牽制している。
昨日見た時よりも動きがいい。サポート系のはずなのに、かなり手慣れている……?
「ミュー! 援護、感謝する!」
『は、はいっ! サトシさんこそ、お怪我はありませんか!?』
光の鎖が消え、データマインが解除される。
自由を取り戻した俺は、すかさず「月影」を抜き放ち、反撃に転じる。
ミューが俺に何らかの支援をかけてくれているのだろう、思考と反応が加速し、アバターの動きが普段より格段に軽い!
「おおおおっ!」
月影が一閃するたびに、カラス型ドローンが斬り伏せられていく。
『よし! 敵プログラム、全機撃破完了! さすがね、サトシ! ミューさんとの連携、息ぴったりじゃない♪』
アリスの茶化すような賞賛を受け流し、俺はミューに向き直った。
ベールの奥の瞳が、少し潤んでいるように見えた。
「助かったよ、ミュー。……いや、桜井ミウ、と言うべきか?」
俺が核心を突くと、ミュー(ミウ)はビクッと肩を震わせ、ベール越しにも分かるほど顔を赤らめた。
「な、なな、なぜ私のリアル名を……!?」
「今朝、お前、俺の家に来ただろ。アリスが分析済みだ」
「あわわわ……! そ、そうだったんですね……! ご、ごめんなさい、黙ってて……!」
しどろもどろになるミュー。
本当にこいつが凄腕(?)ハッカーなのか疑わしくなるが、さっきのサポートは本物だった。
「まあ、それはいい。それより、改めて聞かせてもらうぞ。昨日の『シードカード』の話だ。お前は一体何を知ってる?」
俺が真剣な口調で問うと、ミューは少し表情を引き締め、意を決したように口を開いた。
「はい……。昨日お話しした『シードカード』……それは、ウィーヴの法則すら書き換える力を持つと言われる伝説のプログラムキーなんです。私の家系は、代々それを守護する役目を……。でも、最近になって、何者かにその一部が奪われ、悪用されようとしています。昨日のデータ災害も、カードを狙う追手の仕業でした」
ミューは俯き、声を震わせる。
「このヤタガラスのサーバーにも、奪われたカードの欠片の一つが隠されている可能性があるんです。でも、私一人じゃとても……昨日のサトシさんの力を見て、確信しました。あなたなら……!」
ミューは顔を上げ、真っ直ぐに俺を見つめる。
「どうか、力を貸していただけないでしょうか? もちろん、サトシさんが追っているという『シード計画』の情報についても、私が知っていることは全てお話しします!」
シードカードの守護者一族……?
まるでラノベみたいな設定だが、彼女の必死さは本物だ。
それに、「シード計画」の情報を提供してくれるというのも大きい。
『サトシ、どうする? 彼女の話、どこまで信じるかはともかく、利害は一致しているようね。それに、彼女のサポート能力は本物よ。協力する価値はあるかも』
アリスの冷静な分析が思考を巡る。
桜井ミウ=ミュー。謎はまだ多いが、敵ではないだろう。
そして何より、「シード」に繋がるこのチャンスを逃すわけにはいかない。
「……いいだろう。協力しよう、ミュー。ただし、俺の邪魔はするなよ」
俺がぶっきらぼうに告げると、
「ほ、本当ですか!? やったぁ! ありがとうございます、サトシさん!」
パアッと顔を輝かせ、その場でぴょんぴょん跳ねるミュー。
ベールが揺れて、隠された素顔が一瞬見えた気がした。
その純粋な喜びに、少しだけ絆されそうになる自分に気づき、俺は内心で苦笑した。
こうして、俺と謎のサポート系巫女ハッカー・ミューとの、奇妙な共闘が始まった。
《シードカード》を巡る戦いは、新たなプレイヤーの参加によって、さらに複雑な様相を呈し始めていた。
(第二話 了)
【次話予告】
巫女ハッカー《ミュー》ことミウちゃんと、
まさかの急接近!?
一緒にヤタガラスのサーバーに潜入とか、
これって共同作業ってやつ!?
ドキドキするけど、
彼女、隠してること絶対あるだろ…。
そんな中、現実では
完璧クールビューティーな生徒会長
橘レイカ先輩に呼び出されてガチ緊張!
美人だけど圧が強いんですけど!?
しかもウィーヴの闇で出会った漆黒のハッカー
《レイヴン》…まさか、あの先輩じゃ…?
次回、『俺ハカ』第三話「生徒会長は孤高の鴉?」
気になるあの子と、謎めいた先輩…俺、どっちを見ればいいんだ!?
#俺ハカ #ミウかわいい #チートハーレム #電脳戦記 #AIハック #サイバーパンク #生徒会長怖い
第2話「日常と疑惑、そして共闘」、お読みいただきありがとうございました!
まさかのドジっ子後輩ミウちゃんが、ウィーヴでは頼れる(?)巫女サポーター《ミュー》だったとは! 彼女の健気な想いと意外な一面に、サトシ(と読者の皆さま?)もドキドキしたのではないでしょうか? これから二人の共闘、どうなることやら……!
さて、次回はついにあの完璧クールビューティー生徒会長、橘レイカ先輩が登場! なぜサトシが呼び出されるのか……? そしてウィーヴの闇に蠢く漆黒の影との関係は!?
どうぞお楽しみに!
【今後の更新について】
次回、第2.5話は [明日20時] に更新予定です!
(※2.5話は短めの閑話となります)
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