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第十話(上):決意と作戦会議 ~L1NNKタワーへの序章~

第十話(上):決意と作戦会議 ~L1NNKタワーへの序章~


父さんの私室。僕だけの秘密ラボ。


しんと静まり返った室内に、モニターから放たれる青白い光だけが、僕と、隣でふわりと浮遊するアリスのホログラムを照らしていた。


ディスプレイには解析を終えたデータチップの情報が映し出されている——あの忌まわしき輝きを放つ黒曜石、《レイヴン》が残していった謎の欠片。


「マスター。データチップの第一次解析が完了しました」


アリスの声には、いつもの冷静さを保ちながらも、どこか硬質な響きが混じっていた。その声色だけで、僕の胸が締め付けられる。


ドクン、と心臓が不吉な予感とともに脈打った。


「やはりL1NNK社特有の高度な暗号化が施されていましたが、複数の看過できない情報を抽出できました」


「……内容は?」


喉が乾く。ゴクリと唾を飲み込み、僕は促した。


「ファイル名は『プロジェクト・ラプラス初期実験データ』。その中に……『被験者の無意識領域への選択的情報刷り込みに関する基礎研究』及び『精神感応適性者の初期スクリーニングプロトコル』に関する資料が含まれていました」


無意識領域への情報刷り込み? 精神感応適性者?


なんだよ、それ——まるで悪趣味なSFに出てくるような、吐き気のする単語じゃないか。全然笑えない。


背筋を冷たい汗がツーッと流れ落ちるのを感じた。まさか、まさかとは思うけど……。


「それって……ユキのことと、関係があるのか……?」


声が震える。


違うと言ってくれ、アリス。頼むから。


そんな残酷すぎる可能性なんて、考えたくもない。


「断定はできません」アリスは慎重に言葉を選ぶ。「しかし、ユキさんに観測されている外部干渉波のパターンと、この資料にある『精神感応適性者の脳波パターン誘導』に関する記述には、統計的に有意な類似点が見られます。L1NNK社、あるいはその背後にいる【アラハバキ】が、ユキさんのような特殊な適性を持つ人間を探し出し、本人の同意なく何らかの実験を行っている可能性が……極めて高いと言わざるを得ません」


「…………くそっ!!」


プツン、と僕の中で何かが切れる音がした。


気づけば立ち上がり、近くにあったパーツの空き箱を、ありったけの力で蹴り飛ばしていた。


ガシャン! けたたましい音が狭いラボに虚しく響き渡る。


ユキが! 僕のたった一人の大切な妹が、あのクソッタレ巨大企業の、非道な実験台にされているというのか?!


L1NNK社……! アラハバキ……!


「許せるかよ……んなこと……!」


込み上げてくる激しい怒りで、体がワナワナと震える。視界が赤く染まっていくようだった。


「マスター……」


アリスが心配そうに僕の顔を覗き込む。ホログラムの青い瞳が、不安げに揺れているように見えた。


「……決めたよ、アリス」


僕は燃え上がる怒りを、心の奥底で冷たい決意へと変える。もう迷わない。やるべきことは、一つだ。


「L1NNK社の計画……いえ、アラハバキの計画の全貌を掴む必要があります。ユキさんを守るためにも、そして、このイカれた世界を変えるためにも」


「ああ。そのためには……奴らの本丸にカチコミかけるしかねえ!」


僕の視線は、ディスプレイに表示されたネオ東京の夜景——その中心で、他の摩天楼を見下ろすように傲然と聳え立つ、L1NNK本社タワーの威容を捉えていた。あの忌々しい塔こそが、諸悪の根源だ。


「L1NNKタワーのメインサーバー……そこに潜入して、奴らの悪事の証拠を、根こそぎぶっこ抜いてやる!!」


無謀? 自殺行為?


上等じゃねえか。


ユキのためなら、どんな危険な橋だって渡ってやる!

それが兄ってもんだろうが!


---


## 週末


僕はPC部の部室——アオイ先輩は頑なに「パッチワークサークル!」と主張するが、どう見ても実態は手芸とサイバーが融合したカオスな秘密基地だ——に、アオイ先輩とミウを呼び出していた。


もちろん、表向きは「文化祭の出し物(アオイ先輩謹製VRゲーム)の最終調整」という、実に当たり障りのない名目を使わせてもらった。バレてないよな……?


部室には、先日のTCG大会で勝ち取ったピカピカの優勝カップが、なぜかレース編みの可愛らしいドイリーの上に鎮座している。その隣には、相変わらず大量の布やミシン、そして不釣り合いな高性能ワークステーションがごちゃ混ぜに置かれていた。


僕とアリス(今日は僕のスマホ画面に簡易アバター表示モードで参加)、そしてミウとアオイ先輩。


運命の作戦会議——L1NNKタワー潜入作戦のメンバーが、ここに顔を揃えた。


「……というわけで、今夜、L1NNKタワーのサーバーに潜入して、極秘データを奪取したい。みんなの力を貸してほしい」


僕は単刀直入に、しかし出来る限り冷静を装って切り出した。


一瞬の沈黙。息を呑む音が聞こえる。


ユキのことは、まだ二人には話せない。危険すぎる。あくまで「アラハバキとL1NNK社の悪事を暴き、ウィーヴの自由を取り戻すため」という大義名分だ。まあ、それだって嘘偽りのない本心だけどな!


「L1NNKタワーに潜入ぅ!?」アオイ先輩が目をまん丸にして叫んだ。「マ、マジかよサトシ! あんた、本気で言ってんのか!?」


その声に、さすがに周囲の様子を窺うように少しボリュームを落とす。


「あのタワーのセキュリティ、噂じゃ軍事レベルだって話だぞ! ウィーヴに巣食うどんな伝説級のハッカーだって、正面から侵入できた奴なんて歴史上一人もいないって……!」


「危険は承知の上です」僕は真剣な眼差しで言い切った。「でも、どうしても手に入れなきゃならない情報があるんです。僕たちの……いや、この世界の未来のために」


アオイ先輩はゴクリと唾を飲み込んだ。


「……はぁー、ったく、しょうがねえなあ!」先輩は大きなため息をついた後、急に眼光が鋭くなる。「サトシがそこまで言うんなら、僕が手を貸さないわけにはいかねえだろ! 第一、面白そうじゃねえか!」


パンッ、と景気づけに自分の太ももを力強く叩く。その音が、妙に頼もしかった。


「よっしゃ! アタシに任せとけ! ど派手な陽動でもステルス潜入の援護でも、何でもやってやるぜ! 久々に《テンペスト》の本気、見せてやんよ!」


(やっぱり頼りになるぜ、アオイ先輩!)僕は心の中でガッツポーズを決める。この人が仲間で本当に良かった。マジで。


「ありがとうございます、先輩」胸をなでおろして僕は言った。「今回は陽動をお願いします。奴らの注意を一点に引きつけたいんです。サーバーへの物理アクセスポイントがあると予測される技術開発セクション付近で、ちょっと……いや、かなり派手目に暴れてほしいんです。警備システムを引きつけるだけでいいですから、深追いは絶対にしないでくださいね!」


念を押しておく。この先輩、ノリでとんでもないことしそうだし。


「おうよ! 任せとけ!」先輩はニカッと笑って親指を立てた。「ド派手な花火くらい打ち上げてやるぜ!」


(だから、本当にやりかねないから怖いんだって!)


「さ、サトシ先輩……」


隣で、ミウが不安そうな顔で僕の服の袖をきゅっと掴んだ。その小さな手に力がこもっている。


「その……すごく危険なことなんですよね……?」彼女の声は小さいけれど、確かな決意が感じられた。「で、でも……私にできることがあるなら、何でも言ってください! 先輩や、アオイ先輩の力になりたいです!」


彼女は一度深呼吸をして、続けた。


「足手まといかもしれないけど……私も、一緒に戦いたいです! あのTCG大会で、先輩たちと一緒なら私にもできることがあるって、少しだけ自信がついたんです。だから、今回も……!」


その瞳には、か弱さだけじゃない、凛とした強い意志の光が宿っていた。


(あの大会が、ミウに勇気をくれたのか…! こうして、彼女も一歩ずつ前に進んでるんだな)


(ミウ……ありがとう。君のその気持ちだけで、俺はどんな壁だって越えられる気がする)胸が熱くなる。


「ありがとう、ミウ」僕は彼女の肩に軽く手を置いた。「君の力は絶対に必要だ。後方支援とハッキング補助を頼む。アリスとリンクして、敵性プログラムの解析やバックドア構築のサポートを。君のサポート能力はトップクラスだ。俺は、君を頼りにしてる」


「は、はいっ! 頑張ります!」


ミウは力強く頷いた。その顔にはもう迷いの色はなく、決意に満ちていた。


「マスター」スマホ画面からアリスのクリアな声が響く。「作戦計画の概要をまとめ、各員のデバイスに最適化して送信しました。潜入ルート、役割分担、暗号化通信プロトコル、及び緊急時の離脱経路についても、複数のフェイルセーフを含むパターンをシミュレーション済みです」


彼女は一瞬間を置き、普段の冷静さとは違う熱を帯びた声で続けた。


「成功確率は……依然として算出困難ですが、マスターと皆さんなら、きっと…!」


僕たちのAIは、本当に最高だ。


「よし……」僕は拳を握りしめ、決意を新たにした。「作戦開始は今夜0時。各自、時間までに指定ポイントへ。絶対に、無事に生きて帰るぞ!」


僕の言葉に、二人は力強く、そして真剣な表情で頷いた。


この作戦、僕がリーダーだ。責任は重い。プレッシャーで押し潰されそうだ。だが、絶対に成功させてみせる。


みんなを、そしてユキを、必ず守り抜く!


---


## 深夜0時


煌びやかなデータストリームが滝のように流れ落ちる、ウィーヴ空間。


俺は漆黒のロングコートを翻し、アバター【SAT0$H1】として、アリスと共にL1NNK本社タワーの巨大な外壁に、重力など存在しないかのようにピタリと張り付いていた。


眼下に広がるのは、眠らない巨大サイバー都市ネオ東京の壮大なパノラマ。


幾重にも重なるデータハイウェイを光の車が行き交い、空には企業の巨大なホログラム広告が明滅している。


息をのむような絶景だが、今はそれどころじゃない。これから始まるのは、文字通り世界の運命を賭けたかもしれない、死と隣り合わせの潜入ミッションだ。


「サトシ、準備はOK?」アリスの声がダイレクトリンクを通じて響く。「タワー内部構造の最終スキャン完了。やっぱりセキュリティレベルは異次元ね。物理防壁、論理防壁、侵入検知システムが、まるで生き物みたいに有機的に連携してる。アラハバキの技術が組み込まれてるのは間違いないわ」


隣で浮遊するアリス(ウィーヴモード)の声には、いつもの親密な口調の中に、ピリピリとした鋭い緊張感が漂っていた。彼女の美しい銀髪が、データノイズの風にサラサラと揺れている。


「ああ、いつでもいける」俺は指先でコードを弾くようにして、最終装備チェックを行う。「テンペストとミューは?」


「テンペストは予定通り、陽動を開始!」アリスの声に少しだけ高揚感が混じる。「タワー中層部の技術開発セクション付近で、もう大暴れしてる! 警備システムの7割以上がそっちに釘付けよ!」


彼女はクスリと笑い、続けた。「さすがアオイ先輩、派手好きね! 約束、守ってくれるといいけど…」


アリスがちょっと呆れたように、でもどこか楽しそうに付け加える。あの人、絶対ノリノリで暴れてるだろ……。


「ミューは後方、指定されたセキュアな中継ノードで待機中。いつでもハッキング支援に入れる状態よ。こっちの状況もリアルタイムで把握してるわ」


遠くで、地鳴りのようなデータノイズと、けたたましいアラート音が断続的に響いてくる。アオイ先輩、マジで頼むぜ…。無茶はしないでくれよ! 感謝だ。


「よし、行くぞ!」俺は決意を込めて前を向いた。「アリス、最短ルートでサーバーコアへ!」


「了解!」アリスの声が引き締まる。「物理防壁と第一論理防壁を同時にこじ開けるわよ! 私のハッキングでセキュリティホールをほんの一瞬だけ作るから、タイミングを合わせて突入して!」


アリスの白い指先が宙に複雑な光のコマンドラインを描くと、目の前の硬質なタワー外壁の一部が、まるで水面のように揺らめき、内部へと続くわずかな亀裂——一瞬の突破口が現れた!


「ナイスタイミングだ、アリス!」


俺はアリスと共に、その亀裂へと光の粒子となって滑り込んだ。もはや阿吽の呼吸だ。相棒との連携は完璧だ!


タワー内部は、白と青の蛍光色で統一された、無機質でどこまでも続くかのような広大な空間だった。


巨大なサーバーラックが森のように林立し、自律型のメンテナンスドローンが規則正しく空中を飛び交っている。壁面や床には膨大なデータが青白い光のラインとなって、血管のように流れ続けていた。


まさに巨大企業の心臓部。しかし、その静謐さとは裏腹に、肌を刺すような冷たいプレッシャーと、隅々まで張り巡らされた厳重な監視の気配が、息苦しいほどに満ちている。まるで巨大な墓場のようだ。


「警報!」アリスの声が急に緊迫した。「侵入者を即時検知! やっぱり甘くないわね!」


彼女の視線が鋭く周囲を走査する。「新型の迎撃AIを複数確認! この動き、このエネルギーパターン……間違いない、アラハバキの設計思想が反映された特殊タイプよ! 通常のハッキングアルゴリズムじゃ突破は困難! 囲まれる前に叩くわよ!」


アリスが警告を発すると同時、通路の四方八方から、純白の滑らかな装甲に身を包んだ、流線型の人型AIが十数体、音もなく滑るように現れた!


手には高出力のエネルギーライフル。その動きは、統率された、一切の無駄がない機械的な精密さ。冷徹な殺意だけが、そのセンサーアイから放たれている。


「チッ、お出迎えご苦労なこった!」


俺は腰の愛刀《月影(つきかげ)》を抜き放つ! 刀身が青いデータの輝きを帯びる。


新型AIたちが、寸分の狂いもなく、一斉にライフルをこちらに向けた! その銃口が青白い粒子を集束させ、眩い破壊の光を帯び始める!


(数が多い! しかも動きが尋常じゃない! まずい、完全に囲まれた…!? このままじゃ蜂の巣だ!)


絶体絶命か!? アリス、どうする!? テンペスト、ミュー、聞こえるか!?


脳裏に最悪の結末がよぎり、冷や汗がアバターの背中をツーッと伝う。


まさか、潜入開始わずかで、ここで終わりなのか……!? ユキを、みんなを守るって誓ったばかりなのに!


(第十話(上) 了)

あとがき

第十話(上)「決意と作戦会議 ~L1NNKタワーへの序章~」、お読みいただきありがとうございました!

ユキを襲う非道な陰謀の影……怒りに燃えるサトシの揺るぎない決意、アオイ先輩とミウちゃんを巻き込んだ命懸けの作戦会議、そして遂に始動したL1NNKタワー潜入作戦! 息をつく暇もない展開でしたね。

潜入早々、アラハバキ特製の新型AIに完全包囲され絶体絶命のピンチ!

サトシとアリスはこの窮地をどう切り抜けるのか!?

そして、もしや助けに現れるのは……あの人?

次回、第10.5話(下)「潜入!L1NNKタワー ~鴉と証拠と脱出劇~」で衝撃の展開をお見逃しなく!

【今後の更新】

次回、第10.5話(下)「潜入!L1NNKタワー ~鴉と証拠と脱出劇~」

本作は毎週月・水・金19:50更新です! ブックマークや更新通知設定をお忘れなく!

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それでは、次回の激闘編でお会いしましょう!

#俺ハカ #L1NNKタワー #潜入作戦 #決死の覚悟 #電脳世界の謎 #サイバーバトル #アラハバキの影 #秘密のベール #ハーレム #サイバーパンク #毎週月水金更新

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