【番外編】アキバデート? ~嵐を呼ぶ僕っ娘《ぼくっこ》先輩とデッキ強化計画~
放課後のPC部室。
窓の外では相変わらずネオンサインが明滅しているけれど、今の僕の意識はそこにはない。
装着した簡易ダイブギアを通じて、僕は仮想の道場――PC部が契約しているプライベート・シミュレーション空間にいた。
目の前には、巨大な斧槍を構える重装甲アバター、《テンペスト》。
そう、風間アオイ先輩だ。
この僕っ娘の先輩とは、あの日『修羅』でフレンドになって以来、こうして放課後に模擬戦を繰り返すのが半ば日課になっていた。
「おらぁっ! 僕の本気、見せてやる!」
テンペストの斧槍が、嵐のような勢いで僕に迫る!
その叫び声は、まさにアオイ先輩そのものだ。
「くっ!」
僕は漆黒のコートを翻し、白銀の刀「月影」で受け流す――なんてことはしない。
いや、できない。先輩のパワーは半端じゃないのだ。
以前なら反応できなかったであろう速度に、身体がついてくるようになっていた。アリスとの連携だけでなく、僕自身の経験値も確実に上がっている。 だが、それでもまだ厳しい!
『サトシ、右前方へ回避! 同時にカウンター狙いで「コード・ジャマー」をセット!』
アリス(ウィーヴモード)の的確な指示が思考に響く。
「了解! 思考をカードに固定……「コード・ジャマー」、セット!」
『プログラムカード「コード・ジャマー」、いつでもいけるよ!』
回避と同時に、僕はカードを発動させる!
「デプロイ!」
『実行します!』
目に見えない妨害電波がテンペストのアバターを襲う!
動きが一瞬、コンマ数秒だけ鈍る!
「そこだ!」
その隙を逃さず、僕は懐に飛び込み、「月影」でテンペストの鎧の関節部を狙って浅く斬りつける!
「へっ、やるじゃん、サトシ! でも、僕はまだまだやれるぜ!」
先輩は怯むことなく、体勢を立て直して再び猛攻を仕掛けてくる。
本当にタフだ……!
(くそっ、やっぱりパワーが違いすぎる……! このままじゃジリ貧だ……! 僕っ娘だからって油断できない!)
模擬戦とはいえ、手加減なしのガチバトル。
僕の「カードシステム」も、アリスのサポートも、先輩の圧倒的なパワーと戦闘経験の前では、まだ決定打に欠ける。
結局、その日の模擬戦は、僕が時間切れギリギリで辛うじて引き分けに持ち込むのがやっとだった。
◇◆◇◆◇
「はぁー、疲れた……。やっぱ先輩、強すぎますよ……」
現実に戻り、ダイブギアを外しながら僕がぼやく。
アオイ先輩は、隣でスポーツドリンクをゴクゴク飲みながら、ニカッと少年のような笑顔を見せた。
汗をかいた首筋が妙に健康的で、つい見とれてしまう。
「まあな! 伊達に『修羅』でランカーやってないからな!」
「でも、サトシもかなり腕を上げたじゃん。特にあのカード使うタイミング、絶妙になってきたよな。僕もちょっとヒヤッとしたぜ」
「ありがとうございます……。でも、やっぱり手札が足りないっていうか……新しいスキルカードとか、もっと強力なプログラムカードが欲しいんですよね……」
僕の「カードシステム」は、アリスが戦闘データや入手した情報を元に新しいカードを生成・進化させてくれるけど、それだけでは限界がある。
もっと根本的な強化――新しい発想や、基盤となるデータが必要だと感じていた。
すると、アオイ先輩がポンと手を打った。
「新しいカードねぇ……。それならさ、今度の週末、僕とアキバ行ってみないか?」
「アキバ……ですか?」
秋葉原。
かつて電気街として栄え、今では再開発されたエリアと、旧時代の面影を残すアンダーグラウンドなエリアが混在する、ネオ東京の中でも独特な場所だ。
「そう、アキバ! あそこならさ、最新のAIパーツから、怪しげなジャンクデータ、ウィーヴじゃ手に入らないような古い規格の拡張カードとか、色々見つかるかもしれないぜ?」
「僕も時々、掘り出し物探しに行ってるんだ。絶対面白いって!」
目をキラキラさせながら語る先輩。その熱意は本物だ。
確かに、アキバなら何かヒントが見つかるかもしれない。それに……
(アオイ先輩と、二人で……? しかも「僕と」って言ったよな今……!?)
この先輩、自分のこと「僕」って言うんだよな……。
分かってはいるけど、面と向かって誘われると、なんだか心臓が跳ねる。
「どう? 行くか、サトシ?」
「あ、はい! ぜひ、お願いします!」
思わず、またしても食い気味に返事をしてしまった。
◇◆◇◆◇
そして週末。
僕は、いつもより少しだけ念入りに選んだ(アリスにアドバイスされた)服を着て、待ち合わせ場所の秋葉原駅前に立っていた。
普段の制服姿とは違う、ラフなパーカーにカーゴパンツという出で立ちのアオイ先輩が現れた。
ポニーテールはいつも通りだけど、なんだか雰囲気が違う。
ボーイッシュな魅力はそのままに、どこか女の子らしさも感じられて、僕の心臓がトクンと妙な音を立てる。
「よう、サトシ! 待たせたな! さっさと行くぞ、僕に付いてこい!」
「いえ、僕も今来たとこです。は、はい!」
先輩は僕の腕をぐいっと掴むと、目を輝かせながら雑多な路地裏へと進んでいく。
その勢いに、僕は引きずられるように後をついていくしかなかった。
(先輩の手、意外と柔らかいな……なんて、場違いなことを考えてしまう)
「うわー! 見ろよサトシ! これはヤバい! 僕、これ探してたんだよ!」
「こっちのジャンクコーナー、掘り出し物がありそうだぜ! 僕の勘がそう言ってる!」
「あ、この旧式ドライブ、データ吸い出せたら面白いもの入ってるかもな…挑戦してみるか?」
アオイ先輩は、まさに水を得た魚、いや、宝の山を見つけた少年(僕っ娘だけど)のように、目を輝かせながらジャンクパーツの山を漁っていく。
その知識量と熱意は、正直、僕以上かもしれない。
僕は人混みに少し疲れながらも、普段見られない先輩の楽しそうな横顔を、つい目で追ってしまっていた。
(先輩、本当にこういうの好きなんだな……無邪気な笑顔、可愛いかも……)
(って、いやいや、相手はあのテンペストで、僕っ娘の先輩だって!)
『……マスター、風間さんの心拍数及びドーパミン分泌量が、平常時と比較して有意に上昇しています。極めて高い興奮状態にあると推測されます』
『また、マスターの心拍数も同様に……特定の対象(風間さん)を視認した際に上昇するパターンが観測されています』
『おっと……マスター、そこの露店の旧式メモリチップ、現在の技術では読み取り不能とされていますが、私の演算能力ならあるいは……。非常に興味深いデータが眠っている可能性が…後で解析用に購入を推奨します』
『アリス、報告は後でいいって! ……ん? メモリチップ? 後で見てみるか……』
脳内アリスの的確すぎる分析(と時折混じる好奇心)を遮断する。
今は先輩とのこの時間を楽しみたい……いや、デッキ強化に集中しないと!
いくつかの怪しげな店を巡り、僕もいくつか使えそうな旧式のデータチップや、カードシステムの基盤強化に応用できそうなインターフェースボードを安価で手に入れることができた。
「ふぅー、結構歩いたなー! さすがに疲れた! おいサトシ、ちょっと休憩するぞ! 僕、いい店知ってるんだ」
先輩はそう言うと、近くのレトロな雰囲気の喫茶店に僕を連れて行った。
クリームソーダを飲みながら、今日手に入れた戦利品について語り合う。
「このデータチップの解析コード、僕もちょっと心当たりあるぜ。後で送ってやるよ」
「このボード、上手くやればアリスとの連携効率、上げられるかもしれませんね。ありがとうございます、先輩」
「おう! ま、僕にかかればこんなもんだ! やっぱアキバは最高だな!」
話しているうちに、さっきまでの緊張も解けて、自然と笑顔になっていた。
先輩も、僕の意外な知識に感心したように、「へえ、サトシ、お前、見かけによらずやるじゃん! 僕も勉強になるぜ」と目を丸くしていた。
なんだか、普通に楽しい。
まるで、普通の(片方は僕っ娘だけど)男女が休日に買い物に来ているみたいだ。
(……これって、もしかして……いや、確実に……デート、だよな!?)
そう意識した途端、また心臓が大きく脈打つ。
目の前のクリームソーダの鮮やかな緑色が、やけに目に染みる。
◇◆◇◆◇
喫茶店を出て、駅に向かって歩き出す。
夕暮れ時のネオンが、僕たちの影を長く伸ばしていた。秋葉原の喧騒も、少しずつ夜の気配を帯び始めている。
「ふぅ、やっぱアキバは歩き回るだけでも面白いな! 良い運動になったぜ!」
アオイ先輩は満足そうに伸びをしながら、僕の隣を歩く。
今日の成果を反芻しているのか、その表情は明るい。
「そうですね。先輩のおかげで、良いものが手に入りましたし」
「だろ? 僕の見立てに間違いはないんだって!」
得意げに胸を張る先輩。その仕草がなんだか可愛くて、僕は思わず頬が緩む。
人混みが少し増えてきた、その時だった。
「おっと!」
前から来た人とぶつかりそうになった瞬間、アオイ先輩はバランスを崩しかけた僕の腕を、ぐいっと掴んで引き寄せた。
「危ない危ない。サトシ、ちゃんと前見て歩けよな?」
「あ、すいません……って、え?」
僕が礼を言おうとした瞬間、気づいた。
アオイ先輩は、僕の腕を掴んだまま、そのまま自然な動作で自分の腕を絡めてきたのだ。
いわゆる、腕組みというやつだ。
先輩の柔らかくて、少しだけ筋肉質な腕の感触が、僕の腕に直接伝わってくる。
パーカー越しでも分かる、その温かさ。
そして、ふわりと香る、先輩の爽やかなシャンプーの匂い……。
「「…………!?」」
僕も先輩も、同時に固まる。
数秒の沈黙。ネオンの明滅だけが、やけにスローモーションに見えた。
先に我に返ったのは、先輩の方だった。
「―――あっ!!! ご、ごめん、サトシ! なんか、勢いで…! その、なんだ、癖で…って、いや違う!」
「事故だ、事故! 今のはノーカン!」
顔を真っ赤にして、先輩はパッと腕を離した。
さっきまでの快活な様子はどこへやら、めちゃくちゃ慌てている。
その狼狽ぶりは、普段の姉御肌からは想像もできないくらい、女の子らしかった。
「あ、いえ、僕は別に……」
僕も顔が熱くて、まともに先輩の顔を見られない。
心臓は早鐘のように打ち鳴らされ、アリスが脳内で何か警告してる気もするけど、もう聞こえない。
「わ、忘れてくれ! 今のは! な? 絶対だぞ!」
先輩はぶんぶんと手を振りながら早口でまくしたてると、僕を置いてスタスタと前を歩き始めてしまった。
その耳まで赤くなっているのが、夕暮れの光の中で見えた。
(……今の、絶対わざとじゃないよな……? でも、あの反応……可愛すぎだろ……!)
僕は、さっき腕に感じた確かな感触と、先輩の慌てふためく姿を思い出して、胸の高鳴りが収まらないまま、少しだけ距離を置いて先輩の後を追いかけた。
◇◆◇◆◇
「なあ、サトシ」
駅が近づいてきた頃、少し落ち着きを取り戻したらしい先輩が、振り返らずに呟いた。
「今日の買い物、マジで楽しかったな。……その、なんだ……」
「僕、またサトシと来たいんだけど……ダメか?」
少しだけ照れたように、でも真っ直ぐな響きを持つ声でそう言った先輩の横顔は、さっきの出来事の後だからか、いつもよりずっと綺麗で、とてつもなく可愛く見えた。
「……っ!」
一瞬、言葉に詰まる。
(こんな風に誘われたら、断れるわけがないだろ…!)
まだ顔が熱いのを感じながら、僕はなんとか声を絞り出した。
「ダメじゃないです! ぜひ、また一緒に!」
これは、やっぱり、デートだったんだ。
そして、あの腕組みは、事故だったとしても、アオイ先輩も、もしかしたら…僕のこと……?
そんな淡い期待と、新たなカードへの期待、そして僕っ娘の先輩との距離が一気に(物理的にも精神的にも)縮まったことへの嬉しい戸惑いがごちゃ混ぜになったまま、僕の休日は終わろうとしていた。
デッキ強化のはずが、とんでもない破壊力の青春イベントを経験してしまった。
でも、まあ……最高だったかもしれない。
(番外編 了)
【作者より】
僕っ娘成分、増量してみました!
アオイ先輩とのアキバ散策、楽しんでいただけましたでしょうか?
サトシ君もだいぶ意識しちゃってますね(笑)。書いてるこっちがドキドキしました…。
二人の関係がどうなるか、本編のデッキ強化と共に、見守っていただけると嬉しいです! 僕っ娘はいいぞ!
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今回の番外編「アキバデート?」、お楽しみいただけましたでしょうか?
アオイ先輩とのドキドキアキバ散策、そしてまさかの腕組みイベント! 二人の距離がぐっと縮まりましたね!
さて、次回で番外編はいよいよラスト!
第一部完結から続いた幕間も終わり、本編第二部へと繋がる重要(?)なエピソードになるかも…?
番外編の締めくくりを、ぜひ見届けてください!
更新は次の【月曜日 19:50】です!
本作『俺ハカ』は、原則【毎週 月・水・金の19:50】更新ですので、引き続きよろしくお願いします!
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それでは、また次回!
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