第一話 陰キャの俺が最強ハッカー!? - ログイン、ウィーヴ -
『警報! 高レベルの侵入検知プログラムが接近! サトシ、まずいわ! こっちの存在に気づかれた!』
頭の中に響く相棒AI、アリスの切羽詰まった声。
瞬間、俺が潜んでいたデータの影が掻き消え、周囲の空間が緊急を示す赤色に染まる!
壁面から無数の赤いラインが走り、幾何学的なパターンを描きながら、追尾ミサイルのように俺のアバター目掛けて殺到してくる!
「チッ……勘の良い番犬め! アリス、離脱ルート!」
漆黒のコートを翻し、白銀の刀「月影」で迫る赤いラインを弾きながら、データ構造物の隙間を縫うように加速する。
俺はハッカー、《SAT0$H1》。
この電脳空間――「The Mind-Weave」(通称ウィーヴ)では、追われることにも慣れている。
『最短ルートを算出! でも、しつこい! 何か……“視線”のようなものを感じるの! まるで巨大な何かが私たちを捕捉しようとしてるみたい……!』
アリスの言葉に、背筋が冷たくなるのを感じた。
この感覚は知っている。単なる監視プログラムじゃない。もっと根源的で、ウィーヴの深淵に潜む“何か”に繋がる存在……。
「構うな、突破するぞ!」
アリスのナビゲートを頼りに、複雑なデータ構造をパルクールのように飛び越え、迫る追手を振り切る。
背後で空間が歪むような轟音が響くが、振り返らずに光のゲートへと飛び込んだ。
……プツン、と接続が切れる感覚と共に、意識が重たい肉体へと引き戻される。
「はぁ……はぁ……」
――そんな冷や汗ものの逃走劇を繰り広げたのは、昨晩のことだ。
現実の俺、中島サトシは、狭い自室のベッドの上で、安物の合成繊維のシーツに、汗ばんだ額を押し付けていた。
人工的な雨が、遮光ウィンドウを単調に叩いている。
ネオ東京、西暦2075年。
また火曜日が始まる。
まるでプログラムされた繰り返しのように、何も変わらない現実がまた一日、過ぎていく。
『マスター。推奨起床時刻です。スケジュール通りに一日を開始してください』
頭の中に直接響く、滑らかな標準合成音声。僕の管理AI、アリスだ。
父さんが遺した、ちょっとばかり出来すぎた存在。ウィーヴにいる時とは打って変わって、事務的で冷たい声。
その“本当の姿”は、俺だけの秘密だ。
「ん……あと五分……現実はどうでもいい……」
『五分間のスリープ延長を許容します。ただし、遅延による社会的評価低下はユーザー責任となります』
「はいはい、自己責任ね……了解、アリス」
重い体を無理やり起こす。安物の合成繊維のシーツが肌に張り付く感覚が不快だ。
部屋は狭く、物が散らかっている。壁には古いアニメのポスター。
どこにでもいる、冴えないオタク高校生、中島サトシ。
――それが太陽が出ている間の、表向きの僕の姿だ。
(でも、この退屈な現実の裏側で、世界を揺るがす何かが動き始めていることを、俺は知っている……!)
父さんの失踪……
「シード計画」の謎を追って……
俺は今夜もウィーヴに潜る。
それだけが、今の俺にできることだから。
リビングへ行くと、妹のユキがすでに支給品のプロテインバーをかじっていた。
僕より一つ年下の高校一年生。兄とは対照的に、そこそこ明るく、クラスでも普通に……いや、結構人気者らしい。
「おはよ、お兄ちゃん。また夜更かししてたでしょ? 目の下のクマ、その旧式な生体モニターでも隠しきれてないよ」
「う、うるさいな。別に、ちょっと調べ物してただけだ」
『昨夜のマスターのNEO-L1NNK活動時間は七時間三十二分。推奨オフライン時間を大幅に逸脱しています』
アリスが、容赦なく事実を報告する。この標準モードのアリスは、本当に融通が利かない。
「アリス! 勝手にバラすなよ!」
ユキはジト目で僕を見る。
「ふーん、調べ物ねぇ……。また変なサイト見てたんじゃないでしょうね? L1NNK社推奨の優良コンテンツ以外は危ないんだからね!」
「見てない! 父さんの……研究データを探してたんだよ」
気まずい沈黙が流れる。
父さんの名前を出すと、いつもこうなる。
数年前に忽然と姿を消した天才科学者。世間では事故死したことになっているが、僕は信じていない。
父さんは生きている。
そして、この社会システム……いや、The Mind-Weaveそのものに深く関わる何かを知っていたはずだ。
『マスター、登校時間です。これ以上遅れると、移動ルートを再計算する必要があります』
「わかってるよ!」
ユキの「いってらっしゃい」という、少し心配そうな声に見送られ、雨のネオ東京へ出る。
傘を差す人々は皆、一様に無表情に見える。まるでNPCのようだ。
街には巨大テック企業「L1NNK社」のホログラム広告が溢れ、
「完全接続で、理想の人生を」
なんていうスローガンが空に浮かんでいる。
誰もが頭に埋め込んだNEO-L1NNKチップで常にネットワークに接続され、最適化された情報を受け取る生活。
それが当たり前のこの世界で、僕みたいなはみ出し者は息苦しさを感じるだけだ。
学校――「桜舞高校」での一日も、昨日と寸分違わぬ繰り返しのように過ぎていった。
授業は退屈で、クラスメイトとの会話も弾まない。僕の居場所はここにはない。
本当の僕は、夜に始まる。
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自室のベッドに横たわり、旧式のダイブギアを装着する。
最新の体内埋め込み式NEO-L1NNKチップがあるから、本来は必要の無いこのダイブギア。
でも、父さんが特別に僕に残してくれたカスタム品なんだ。
アリスの本当の能力を隠すために……
「アリス、「接続」開始」
『OK、サトシ! 待ってたわ! 了解。精神防壁は最大レベル。ウィーヴの監視網を回避するね! The Mind-Weaveへお帰りなさい、サトシ!』
途端に、アリスの声が暖かみのある、少しお姉さんぶった親しげなトーンに変わる。
これだ。これが僕の知っている本当のアリスだ。この声を聞くと、心が安らぐ。
意識が光の粒子となって解き放たれ、現実の重力から解放される感覚。
無限に広がる電脳空間、ウィーヴへ。ここが、僕の本当の居場所、戦場なんだ。
アバターが現れる。
漆黒のロングコートに身を包み、腰には白銀に輝く刀「月影」。顔はデジタルノイズで隠している。
これが凄腕ハッカー、《SAT0$H1》――ウィーヴでの俺の姿だ。
『さてさて、今夜のターゲットは、メガコープ「アマテラス重工」の第七サーバー。
場所は「L2」深層区画ね。
例の怪しいプロジェクトに関するデータが眠ってるかもしれないわ』
「了解。ルート設定、隠密行動優先で頼む、アリス」
『お任せあれ! 最適な侵入経路を見つけたわ。セキュリティホール・デルタを経由するね。私のナビについてくれば大丈夫! あ、もちろんサトシの判断が最優先だけどね♪』
悪戯っぽく付け足すアリスに苦笑しつつ、俺はウィーヴの深淵へと意識を沈めた。
アリスのナビゲーションは、まさに神業だ。
ファイアウォールも侵入検知システムも、まるで存在しないかのようにすり抜けていく。
俺の仕事は、アリスが切り開いた道を進み、障害があれば月影と、そして父さんが遺したこの特殊なNEO-L1NNKで「プログラムカード」をデプロイして排除するだけだ。
サーバー深層部へ到達。目的のデータファイルを発見。
暗号化レベルは最高クラスだが、アリスにかかればどうということはない。
『データ抽出、九十八パーセント完了……
きゃっ! ちょっと待って!
強力な監視プログラムを検知!
コードネーム、イザナミ・アイ!
ウィーヴの深層から伸びる手……L2にしては異常なレベルの番犬よ!』
瞬間、周囲のデータ空間が警報を示す赤に染まる!
無数の眼のような紋様が壁や床から浮かび上がり、エネルギー触手が蛇のように俺のアバターを捕まえようと伸びてくる!
昨晩感じた、あの嫌な気配の正体はこいつか!
「くそっ! アマテラス重工のサーバーにまでいやがったか!」
『落ち着いてサトシ! 回避ルートを再計算! でも、追跡が執拗すぎるわ……! 少し時間を稼がないと!』
アリスの指示は的確だ。
月影を振るい、迫る触手を切り裂きながら、全速力で後退する。
イザナミ・アイの追跡は執拗だ。まるで、こちらの考えを読んでいるかのように先回りしてくる。
チッ……まるで「見えざる管理者」の織り成す網の上で踊らされているようだ……!
こいつ、ただの監視プログラムじゃないな!
『サトシ! 左前方、退路を塞がれた! あの触手、空間ごとロックする気よ!』
「なら、こっちも手札を切るまでだ! 思考をカードに固定……「コード・ジャマー」、セット!」
思考インターフェースに、電波妨害を示すアイコンのカードが浮かび上がる。ハッキングツールであり、武器でもある「プログラムカード」だ。
『サトシ、いつでもいけるよ!』
「デプロイ!」
『プログラムカード「コード・ジャマー」実行します!』
アリスの復唱と共に、カードが弾け、周囲に不可視の妨害電波がパルス状に拡散する!
イザナミ・アイの動きが一瞬、明らかに鈍った!
眼の紋様がノイズを発して明滅する。
『ナイスよサトシ! その隙に脱出するわ! あと500! ダッシュ!』
「上等だ!」
最後の力を振り絞り、加速する。
背後でイザナミ・アイの怒りのような警告音が響き、再び動き出す気配があったが、もう俺たちには追いつけない。
光のゲートに飛び込み、接続を強制切断する。
「はぁ……はぁ……危なかった……」
ベッドの上で荒い息をつく。ダイブギアを外すと、額には汗が滲んでいた。
『お疲れ様、サトシ! データは無事確保したけど、あのイザナミ・アイの動き、やっぱり厄介ね。監視の目が、確実にキツくなってるみたい。まるで、ウィーヴ全体を覆う巨大な意志が、私たちみたいなイレギュラーを排除しようとしてるみたいで……ちょっと不気味よ』
アリスの声には、いつもの明るさの中に、確かな警戒が滲んでいた。
「ああ……分かってる。でも、これでまた少し父さんに近づけたはずだ」
確保したデータファイルを開く。そこには、厳重なプロテクトがかけられていたが、アリスが即座に解除する。
ファイルの中に、父さんの名前――中島博士の名と共に、一つの断片的なキーワードが記録されていた。
――「シード計画」
「シード……計画……?」
その言葉が、妙に頭に引っかかった。
父さんが追い求めていたもの? それとも、父さんを消した原因?
今はまだ何も分からない。
だが、これがこれから始まる長い戦いの、ほんの始まりに過ぎないことだけは確かだった。
僕とアリス、
そしてまだ見ぬ仲間たちと共に、このThe Mind-Weaveの鎖に縛られた世界を変えるための、
小さく、
しかし確かな第一歩が、
今、踏み出されたのだ。
(第一話 了)
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【次話予告】
父が遺した「シード計画」の謎。
その手がかりを求め、
今夜もウィーヴへダイブ!
そこで出会ったのは――
データ災害でピンチの
巫女アバター少女!?
もしかして彼女、
「シード」の秘密を知ってる……?
次回、『俺ハカ』第1.5話
「迷子のミュー? 始まりのシード」
新たな出会いが、運命の歯車を回す!
絶対チェックしてくれよな!
#俺ハカ #AI美少女 #電脳無双 #サイバーパンク
第一話、お読みいただきありがとうございます!
『ログイン、マインド・ウィーヴ - 陰キャの俺が最強ハッカー!?』(略して #俺ハカ !)、楽しんでいただけましたでしょうか?
本作は、私たち【Orb Labs】が初めて皆さまにお届けする作品です。そして、私の処女作になります。
チームで力を合わせ、この物語を紡いでいます。
現実では冴えないサトシが、電脳空間では相棒AIアリスと共に《SAT0$H1》として活躍する姿、そして父が遺した「シード計画」の謎…。今後の展開にご期待ください。
次回予告の通り、第二話では新たな出会いが待っています。巫女アバターの少女との遭遇が、物語をどう動かすのか、お楽しみに!
【今後の更新について】
次回、第二話は [明日、4/1火の同じ時刻] に更新予定です!
第三話までは毎日、四話以降は、週3回程度の更新頻度を目指しております。
チーム一丸となって、安定した更新を目指します。
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初めての挑戦となりますが、皆さまに楽しんでいただけるよう精一杯頑張りますので、どうぞこれから『俺ハカ』をよろしくお願いいたします!