■一章 フィーリングが似た者同士 4
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いつしか見慣れた帰り道。
隣を見れば幼馴染がいる。
「薬飲んでないでしょ?」
呆れた声で問いかけてきた北条に、
「真奈には関係ないだろ?」
と、前だけを見て答える和田。
「なら次の質問。五時間目の魔力操作の実技演習なんで手抜いたの?」
「そう見えたか?」
「うん」
疑いの視線がチラチラと向けられていることに和田は気づいていない振りをする。
「てか今日ずっと眠そうだった。午後は幾分マシだったけど……」
「気付いてるなら聞くな」
チラッと交差する視線に深い意味はない。
ただお互いに確認しただけ。
「ちょっと寄り道して帰ろう? 久しぶりにゆっくりお話したいし」
断る理由がない和田は頷くことで合意する。
北条の後を付いて行く形で遠回りをしてやって来たのは、二人にとって思い出深い場所。
そこは公園。
小さい頃二人がよく遊んだ公園。
近くに公民館が建設されてからは、今では人が寄り付くことが殆どない寂しい公園。
大きな敷地には砂が引かれ、鉄棒やぞうさん滑り台と言った誰でも知っている遊具。
後は、魔法の練習ができる簡易的なスペースと子供向けの球技コーナがあるくらいだ。
そんな公園に遊びに来た子供たちを見守る保護者向け用に設置された二人掛けのベンチに並んで座る二人。
端の方が錆びていて座れないため、少し狭くお互いの体と体が軽く触れる。
「魔力調整薬と睡眠薬合わないの?」
遠くの景色と化した遊具を見ながら質問する北条の顔は心配の色を浮かべていた。
「効かない」
「もう七種類目……大分強い薬だしそろそろ本当に集中治療しない?」
「必要ない」
「それは私のため?」
それは和田が体にムチを打って普通の生活を送る理由に迫る言葉だった。
「んなわけあるか」
「知ってるよ……私」
「なにを?」
「特異体質の私が皆に虐められない理由。私の魔法が周りと比べてずば抜けて高いから。少なくとも建前上一年生第二位。あまりに卓越した存在として皆が認知しているからだって」
「それはお前の努力の結果だろ? 特に一位のアイツと二位のお前は特別だからな」
「うん。そうかもしれない」
少し間をあけて、隣にいる和田を見て続ける北条。
「昔特異体質が原因で虐められていた私に魔法を教えてくれた。そして今は私に心配をかけないように無理しているあきが私を救ってくれた」
虐めをなくすことはできない。
ならばと、自身がそうだったように誰もが憧れる存在にすれば、少なくとも虐められない。
当時はそんなことを考えていた。
過去を懐かしむ男は空を見上げた。
「そんなこともあったな」
「私に悟られないように二学期から彼氏(仮)と登校しろって言ったんだよね?」
「どうしてそう思った?」
「固有魔法今使えないでしょ?」
全身に衝撃が走った。
誰にも悟られないようにしていた。
少なくとも今隣にいる北条真奈だけには。
それは和田明久が最も気を付けていたこと。
なにより病院に行かない理由にも深く関わる……から。
「魔法は心と深くリンクしてるよね? そうなると精神疾患者の心はとても平常とは程遠い所にある。寝不足による集中力低下と判断能力の低下が引き起こす障害は日常生活だけにならず――」
体を預け、体重を預ける北条。
その重みが今は少し痛く感じる和田。
「――魔法使いとしても支障を来たす。病院行かない理由と薬拒む理由って薬の副作用が強いからじゃない? それと大学病院で精密検査を拒む理由は魔法使いとして致命的な欠陥を抱えていることがバレるから」
心(感情)が反応した。
久しぶりに感じる焦り。
海外に両親が出張中のため不在。
そのことから法廷上の代理人を北条の両親が請け負っている。
大きな病気の治療などは未成年者だけの同意ではできないため、必ず保護者の同意が必要となる。そうなると間違いなく北条の両親を通して北条真奈にも伝わる。
だから行かない。
なにより――。
「――その原因を作ったのって私だよね……たぶん?」
不安そうに横から覗いてくる視線に迷う和田。
嘘を付いても傷つける。
真実を伝えても傷つける。
どちらを選んでも傷つける。
ならば、どちらの方が北条真奈にとって受け入れやすい現実かを考える和田。
「お願い……教えて?」
隠してもいずれバレる。
そう思った和田は頷いた。
「想像通りだ」
「ごめん、本当にごめんなさい」
ダムが決壊したように突然大粒の涙で泣き始める北条。
横から強く抱き着いて、和田の身体に顔を埋めて。
小さい子供のようにワンワンと人目を気にせずに。
幸いここには二人しかいない。
過去色々なことがあった。
だけどそれは過ぎたこと。
後悔しても過去に戻ることはできない。
「気にするな」
「でも……」
「俺が自分で決めたことだ」
ほんの一瞬、心がチクッとした気がした。
いつも負けず嫌いで和田の後を追いかけてきた北条。
それは悪いことじゃない。
向上心が強いと見方を変えることができる。
だから絶対に責めない。
長所と短所は表裏一体で短所があるから長所が輝く。
その両方をお互いに理解している。
だからありのままの姿を見せることができる。
普段はお姉ちゃんを演じる北条でも泣きたい時はある。
それは世間に向けての顔で本来はこっちが正しい。
自分を大きく見せることでなにかを護ろうとする少女。
自分を小さく見せることでなにかを護ろうとする少年。
合わせ鏡のようで全く別の存在の二人だから釣り合う関係は特別な関係。
「真奈?」
学ランが涙で濡れていく。
涙の顔を見せたくないのか、顔を埋めたまま返事をする北条。
「なに?」
「固有魔法が使えない俺は嫌いか?」
人の価値がもし固有魔法で決まるなら、全人類の大半は価値のない存在と言える。
固有魔法は全員が全員使えるわけではない。
才能やタイミング、後は絶え間ない努力が必要だ。
その全ての要素を満たしても魔法として習得できるとは限らない。
それだけ神秘的な魔法が固有魔法。
「んなわけない。好きだからこんなにも辛いの!」
叫ぶように大きな声で。
それでいて声が掠れている。
それは和田の心に響く感情が籠った声だった。
急に体の血液が微熱を帯びていく。
北条の声に呼応するかのように。
それは和田自身にもわかる変化だった。
今まで死んでいた血だけじゃない、心臓の鼓動もいつもより強く感じられる瞬間だった。
すっかり忘れてしまった、生きているって感覚。
それだけじゃない。
普段意識しないと中々感じられない体内を巡る魔力も感覚的に把握できる。
ここまで心が反応したのはいつ振りだろうか……。
「えっ?」
戸惑いから生まれた言葉。
「どうしたの?」
和田は自分の左手を見つめてしばらく考える。
今自分の体になにが起きているのか。
他者じゃ響かない心になぜ響いたのか。
違和感を覚えて顔をあげる北条は小首を傾ける。
「なにかあったの?」
本人からすれば、あったどころではない。
幾ら可能性を考えても思い当たる節は一つしかない。
――絶対的な信頼関係
和田にとって北条はなにがあっても味方で居てくれる存在だってこと。
きっと、これからもその関係性は変わらないだろう。
確証はないが、なぜか確信できる。
今まで一緒に過ごした時間があるからそうだって言える。
勉強、魔法練習、遊び、ゲーム、学校生活、のどれも一緒に思い出を作った。
もっと言えば、ご飯、お風呂、睡眠、の時だって一緒だった。
ありのままの自分を見せて、ありのままの相手を受け入れた。
それで仲が悪くなることはなく、むしろお互いのことを知る度に深まった絆。
それに合わせ次第に大切にしたいと思える存在になった。
負けず嫌いで背伸びしていつも後を追いかけてくる可愛い幼馴染をいつしか守りたいと思い頑張っていた。
そして完璧を演じようとした。
大人からの期待。周囲の期待。世間の期待。そして北条真奈の期待。
無知な少年は無謀に足を踏み入れた。
その先に破滅しか待っていないと薄々気づいていながら。
そう……当時はその期待に応えれば終わると思っていたから。
だけど現実は違った。
応えれば応えた分だけハードルが上がって生まれる新しい期待。
完全なキャパオーバーの期待は確実に体を蝕み魔力源にもダメージを与えた。
自覚症状が出ても一度決めたことを貫き通すと決めた少年は演じ続けた完璧を。
そして隠し続けた。
だけど長くは続かない。
“期待に応えたい”から“期待に応えなればならない”に途中で変わっていた。
そして期待に応えなければいけない重圧に耐えきれなくなった心は今までのツケを背負う形となった。
そうなっても大切だと思える幼馴染が目の前にはいる。
だから頑張れた。
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