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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第3章 夜明けの森
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探検隊の残骸

 春になった。一年中緑溢れる夜明けの森の中にも季節というものはあり、冬から春になると新緑の色があちこちから芽吹いてくる。薬草採取をする者たちにとっては、これからが本格的な稼ぎ時だ。


 一方、魔物を狩る冒険者たちにとっても季節感というものはある。やはり魔物の数も温かくなるにつれて増えるのだ。そのため、これから夏にかけてそのおこぼれにあずかれる新人冒険者の数が増える時期である。


 新年早々ユウを迎えた古鉄槌(オールドハンマー)は、そんな周囲の状況など気にせず今日も魔物狩りをしていた。元からいたメンバー4人は快調に魔物を殺していく。もう何年も繰り返しているいつもの作業だ。


 それに対してユウの動きは若干ぎこちない。当たり前のように殴り殺せるようになった小鬼(ゴブリン)にさえも苦戦することがある。今も先月までよく相手をしていた犬鬼(コボルト)に手こずっていた。


 戦いが終わって討伐証明のために部位をそぎ落としたあと、ユウはアーロンに呼ばれる。


「ユウ、最近調子が良くなさそうだが、どうしたんだ?」


「今使っている槌矛(メイス)の長さが前の棍棒の3分の2しかないんで、まだ距離感に慣れていないんです。もう1歩踏み込もうとするとちょっと怖くなって、踏み込めなかったこともありますし」


「まぁ数をこなして慣れるしかねぇな。レックス、その辺のことは教えてやってるのか?」


「教えてるぜ! ただ、精神的なもんだから、こればっかりは慣れるしかねーよ。まだ休みの日の稽古も始めたばっかだし、これからなんじゃねーの?」


 ユウに槌矛(メイス)の扱い方を教えているレックスが肩をすくめた。理論は教えられるが、勇気や度胸といった感情面は自分で体得するしかない。そして、時間がかかるときはかかるのだ。


 手にした槌矛(メイス)を見ながらユウはうなだれる。


「やっぱり簡単にはいかないなぁ」


「そうだぜ! だが焦んなくてもいいぞ! 数をこなしたいってんなら、俺たちがいくらでも魔物殺しを手伝ってやるからよ!」


 親指で自分を指さしたフレッドがにかっと笑った。重い戦槌(ウォーハンマー)を振り回していたというのに息も切らしていない。


 その態度に仲間が笑っていると、1人神妙な表情のままのジェイクがつぶやく。


「なんかいつもより魔物の数が多くないかな」


「いいことじゃねーか。何をそんなに気にしてんだ? 毎年今頃から魔物の数は増えるもんだろ」


 1人笑っていないジェイクに対してレックスが不思議そうに尋ねた。その問いかけにユウ以外がうなずく。


「討伐証明の部位を入れてる袋がもうすぐいっぱいになるんだ。毎年この時季に魔物の数が増えるのは確かだが、ここまで狩れたことは1度もない。来月の間引きのときくらいだ」


「何かあるんじゃねーのかって言いたいのか?」


「そうなんだ。けど、だったら何がって言われても答えられないんだけどな」


 困惑した表情のジェイクがアーロンに返答した。フレッドとレックスは顔を見合わせている。何もわからないユウは黙ったままだった。


 小さくため息をついたアーロンは頭を掻く。


「少し早いが森から出るか。幸い、いつも以上の成果は出せてんだ。損はしてねぇ」


「悪いな、アーロン」


「構わねぇよ。何かあってからじゃ(おせ)ぇしな! 勝ち逃げは冒険者の基本だぜ!」


 豪快に笑ったアーロンは仲間に帰還の指示を出した。他の4人もうなずく。


 しかし、一列縦隊になって5人が歩こうとしたときに、こちらへと何かが向かって来る音を全員が聞きつけた。全員すぐに武器を持って構える。


 草むらの奥から姿を現したのは1人の男だった。身に付けている鎧はぼろぼろで、顔や手のようなむき出しの部分は傷だらけである。


 本人は走っているつもりなのだろうが速度は既に歩いているくらいしかない。古鉄槌(オールドハンマー)の面々を認めるとかすれた声を出す。


「た、助けてくれ」


「おい、お前はどこの誰で、誰にやられたんだ?」


 危険はないと判断したアーロンが構えを解いて近づいた。他の4人も続く。


 薄汚れ、枯れ木のように痩せた男はアーロンにしがみついた。水袋を差し出すと奪うように口に付け、膝から崩れ落ちながら懸命に中身を飲む。


「おいおい、ジェイクの勘が当たっちまったのか?」


「かもしれねーな」


 まだ状況が掴めていない中、フレッドのつぶやきにレックスが答えた。どちらも眉をひそめている。


 水袋の中身を飲み干した男は大きな息を吐き出しながら倒れた。ジェイクがその男を抱える。


「おい、しっかりしろ。誰にやられたんだ?」


「ま、魔物の大群に、みん、な」


「どこでだ?」


「森の、ずっと奥、大人数で、行ったのに、それ以上の、魔物が襲って」


 息も絶え絶えといった男はしゃべるのもつらそうだった。それでも話を聞こうとジェイクが水袋を与えて何とか話をさせる。


 その結果、この男は1ヵ月ほど前に出発した探検隊に雇われた冒険者だということがわかった。未知の財宝に惹かれて応募したのだという。


 探検隊は2週間ほどは順調に進めた。ところがその後、昼夜を問わず魔物に襲われ続け徐々に消耗していく。3週間目、人数が半分以下になった探検隊は退却を決断したが時既に遅かった。その後急速に探検隊は崩壊して最後はばらばらになったとのことだ。


 力尽きてほとんど気を失った男を寝かせたアーロンたちは顔を見合わせた。


 最初に口を開いたのはジェイクである。


「もしかして、最近魔物が増えたのはこのせいなのか?」


「あの大集団が2週間か3週間進んだところから、こいつは1週間くらいでここまで戻って来たんだよな。結果的に逃げてきたこいつらが魔物を引き連れてきちまっていたとしたら、つじつまが合う、のか?」


 続いてアーロンが首をかしげた。因果関係があってもおかしくないように感じられるが、微妙に繋がっていないようにも思われる。何か抜けているようにも考えられた。


 そこへユウが口を挟む。


「探検隊が2週間目以後に魔物に襲われ始めたって言ってましたから、その直後から魔物がこちらに来たんじゃないですか?」


「あーそっちの方がすっきりするな! なるほど、2週間目で既にやらかしてたわけか!」


「アドヴェントの冒険者って、普通どのくらいまでこの夜明けの森の奥へ進むんですか?」


「普通は長くても森に潜るのは1週間くらいだな。たまに2週間潜るパーティもいる。往復を考えると奥へは1週間くらい進むのが限度だぜ。それより奥はやばいからな」


「何があるんです?」


「この森にさらわれる可能性が高くなるんだよ。つまり、消えちまうんだ」


 今のアーロンの話をユウはどこかで聞いたことがあると思った。しかし、とっさに思い出せない。


「魔物にやられるわけじゃないんですか?」


「ああ、違う。本当にいなくなっちまうんだ。原因はわからねぇ。だから誰もそれ以上は行かねぇんだよ」


「でも、だとしたらおかしいですよ。どうして探検隊は2週間も奥に進めたんです? それに、この人も森にさらわれていませんよね」


「あ? ああ、そういやそうだな」


 首をかしげたアーロンも目を閉じるがうなるばかりで何も意見は出てこなかった。


 すると、ジェイクがみんなに提案する。


「どうせ帰るところだったんだし、この男も連れて急いで帰った方がいいと思う。ユウの言ってるおかしなことも含めて、今この森でなにかやばいことが起きてるのかもしれんしな」


「ジェイクの言う通りだ。こいつは歩けそうにねぇから、寝かせられる簡易台を作るか」


「僕何度か作ったことがあるんで、枝を拾って来ますね」


「ならフレッドとレックスの2人と一緒に拾ってこい。ジェイクはこいつの介護を任せた」


 命じられたユウは仲間2人と簡易台を作れる大小の枝を周辺から拾い集めた。さすがに手慣れた仲間と拾っただけにあまり時間をかけずに済む。


 枝を拾い終えて戻って来ると男が呻いていた。意識があるのかどうか怪しい様子で、魔物の襲撃などと叫ぶこともある。


 その横でユウたちは3人がかりで男を乗せる簡易台を作った。太めの枝で枠組みを作り、真ん中に細めの枝を敷き詰めて毛布を敷く。後は上に男を乗せて、突き出た太めの枝を取っ手代わりにして持ち上げるのだ。


 簡易台の左前方から持ち上げたユウが愚痴る。


「冒険者ギルドの事情聴取、絶対長いよなぁ」


「あーそれはオレもイヤだなぁ。早く酒が飲みてぇ」


 簡易台の右前方に立つレックスが後ろでで取っ手を握って持ち上げた。アーロンが男の様子を確認してから仲間に出発を宣言する。ジェイクは左後方、フレッドは右後方の取っ手を持ち、アーロンに続くのだ。


 日はまだ高いが、負傷者を運んでの移動となると日没までに町へ帰れるかは微妙なところである。それでも男を見捨てるという選択肢はないが。


 夜明けの森の出口に向かって古鉄槌(オールドハンマー)の一行は進んで行く。その姿はやがて草木の陰に隠れて見えなくなった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] > 「構わねぇよ。何かあってからじゃ遅おせぇしな! 勝ち逃げは冒険者の基本だぜ!」 豪快であっけらかんとしていてでも慎重で良いですね! 勝ち逃げ後のお酒は美味しいでしょうねえ
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