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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第33章 森で出会った学者

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自伝最優先命令

 自分の書いた自伝をコミニアヌスに読ませたユウはその強烈な反応に戸惑った。読んでもらえるのは嬉しいし、褒めてもらえるのは更に嬉しい。しかし、何事にも限度というものがあり、それを越えると嬉しいという感情よりも恐ろしいという感情が勝る。


 4人が酒場で夕食を食べながら話をしてたとき、ユウはコミニアヌスに自伝は絶対に書くべしと熱心に伝えられた。歴史的な書物になるのは間違いないと強調される。可能なら書物にするのを手伝いたいくらいだと言われるが、ユウからするとぴんとこない。


 反応の薄いユウを見たコミニアヌスがもどかしげにしゃべる。


「ああもう、じれったいなぁ! 後は書くだけで良いというのに!」


「喜んでもらえるのは嬉しいけれど、そこまで評価されるものかなぁ」


「されるものだよ。いろんな学者が大枚をはたいて買いたがることは確実だよ」


「まるで金貨を作っているみたいだね」


「その通り! ユウの経験は金塊なんだ! だから早く全部出すんだ!」


「うるさいぞ、コミニアヌス」


 声が大きくなってきたからか、横からアテリウスがコミニアヌスをたしなめてきた。一瞬緊張したコミニアヌスだったが、手が出てこないと知ると再びユウへと向き直る。


「僕の今回の目的は大陸西部の実地調査なんだけれど、君の自伝は少なくともそれと同じくらいの価値がある」


「いや、さすがにそれは言い過ぎじゃないかな。僕の記録に過ぎないんだよ?」


「大切なのは君がどこで何をしてきたかであり、その周りがどうだったかなんだ。書物の中には特定の人物の旅行記というものがあって、そこには旅行した当時のことがそのまま記されている。この旅行記だってユウから見たら単なる現地に対する感想かもしれないけれど、それは周囲の人々や後の世の学者に当時その場所がどうだったかを教えてくる貴重な記録になるんだよ」


「う~ん、そう言われるとだんだん自分の書いたものが大層なもののように思えて来るかなぁ」


「そう、その調子だ! 大層な代物なんだよ! もっと自分に自信を持とう!」


 なんだか落ち込んだ人を励ますような言い方に聞こえてきたユウは苦笑いした。コミニアヌスは真剣な表情で訴えかけてくるのが、なんだか滑稽に思えたからだ。


 しかし、そんなユウの余裕も次のコミニアヌスの発言で消え去る。


「そうだ、明日からのユウの役割を案内役から自伝執筆に切り替えよう!」


「え!? あっちの仕事よりも書く方を本当に優先するの?」


「そうだよ! トリスタンだってこのアドヴェントの町のことは知っているんだろう? だったら、案内役はトリスタンに任せてユウは自伝の執筆に専念するべきだよ!」


「いやいや!? あれを仕事でするの? 別に仕事の合間で少しずつ進めていけば良いでしょ」


「一刻も早くあの大作を完成させるべきだよ。僕も早く見たいし!」


「本音が出たね。でも、案内役の代わりにやるということは、あれに報酬が出るの?」


「うん、報酬を出すよ! 案内役そのまま金額でね!」


「いくら何でも出し過ぎでしょ!? あれにそこまでの価値なんてないよ!」


「いーや、あるね。お金では買えない価値がある。あの羊皮紙1枚に金貨1枚でも買い手は付くよ。何だったらその何倍にだってなる。これは保証する」


「わからないなぁ」


 どうにも納得のいかないユウであったが、話はそれでも進んだ。コミニアヌスはトリスタンに声をかける。


「トリスタン、町の案内だけれど、1人で頼んでも構わないかな?」


「町の中ならともかく、外はユウの方が詳しいぞ」


「だったら、足りない部分は後でユウに案内してもらえば良いよ。できる範囲で良いから」


「それならいいぞ」


「アテリウス、文句ないよね?」


「決定権はお前にあるんだ。好きにしたら良い。ただし、問題として追及されても知らん」


「うっ、冷たいなぁ。庇ってくれるとか、一緒に逃げてくれるとかしてくれないの?」


「報酬分には含まれていないからな」


「それじゃ上乗せしよう!」


「いらん。余計なことをするな。真面目に仕事をしろ」


 まさかと思いつつも事の成り行きを見ていたユウは自伝を執筆することが確定して呆然とした。割が良いか悪いかという以前に、自分の書いた自伝の価値がもうわからない。


 何とも言えない表情でユウは残りの夕食を食べ続けた。




 夕食の席で役割が変更した翌日からユウは宿の自室で朝からペンを走らせた。やっていることは普段の休暇のときと変わりない。だから難しいことは何ひとつなかった。ひたすらペンで羊皮紙の上に文字を書く。


 書き始めた頃はこれで報酬をもらっても良いのかと悩んでいたユウだったが、しばらくするとそんなことも気にならずに黙々とペンを動かした。よくペンを止めては、首を傾げたり背伸びしたり立ち上がった歩き回ったり寝台に寝転がったりする。書くべきことが頭の中に湧いてこなかったりうまくまとめられなかったりするためだ。


 自伝を書くために1日中部屋にこもっているユウだったが、本当にまったく出なかったのかというとそうでもない。昼食や夕食、それに他の小用などで部屋の外へでることはあった。


 とある朝、ユウは裏庭に行くために部屋を出た。蝋燭(ろうそく)の明かりがぼんやりと光る廊下を歩く。受付カウンターの前を通り過ぎようとするとジェナに呼び止められた。立ち止まってそちらへ顔を向ける。


「ジェナ、どうしたの?」


「あんたは最近仲間とは一緒に外へ出て行かないようだけれど、仲間割れでもしたのかい?」


「そういうわけじゃないんだ。果たすべき仕事が変わっただけなんだよ」


「部屋に1日中引きこもるのが仕事だってかい?」


「そうなんだよ。書かないといけない書類が山のようにあって今大変なんだ」


「だったら他の仲間にも手伝ってもらえば良いだろうに」


「他のみんなは別の仕事があるんだよ。あっちはあっちで大変らしいよ?」


「ふむ、そうかい。まぁ、ユウもたまには外で働いた方が良いんじゃないかねぇ」


「考えておくよ」


 毎度のように老婆からちくりと刺されたユウは愛想笑いをしながら受付カウンターを離れた。当面はこのままなのでこれ以上追及を受けないように身を躱す。


 とある昼、ユウは昼食を食べるために部屋を出た。受付カウンターに着くと席に座るアマンダに鍵を差し出す。


「酒場に行ってきます。食べたらまた戻って来ますね」


「最近は冒険者稼業はやっていないのかい?」


「そういうわけではないんですけれど、ちょっとたくさん書かないといけないことができちゃったんで、今はそれにかかりきりなんです」


「へぇ、お役人様みたいなことをやってるんだねぇ。どんなことを書いているんだい?」


「えーっと、その。雇い主から口外しないよう口止めされているので、言うのはちょっと」


「あら、それは仕方ないわね。まぁ何にせよ、しっかりと働くんだよ」


 内容について深くは追及してこなかったアマンダに小さくうなずいたユウは外に出た。さすがに仕事と言った手前、自伝と言うわけにはいかないので仕事内容をぼかす。後はコミニアヌスがしゃべらないことを祈るばかりだ。


 とある夕方、この日の外出組3人は休みだったのでコミニアヌスは自室にいた。そこでユウは区切りの付いた自伝の羊皮紙をまとめて部屋を出る。そして、隣の部屋に入った。実地調査のまとめを書いていたコミニアヌスがペンを止める。


「ユウ、できたのかい?」


「きりの良いところまで書けたから持ってきたよ。あれ、アテリウスはどこ?」


「裏庭。お、これだね。よしよし、それじゃ後で読んでおくよ」


「質問は夕飯のときにしてよ」


 コミニアヌスが早速自伝を読み始めたことにユウは苦笑いしながら部屋の外に出た。すると、ベッキーと鉢合わせる。


「ユウじゃない。あんた毎日部屋に引きこもっていて飽きないわねぇ」


「何もしてないように言うのはやめてよ。あれでも仕事をしているんだから」


「書類仕事だって? 外に出て仕事はしないの?」


「やりたいけれど、今の雇い主の命令だからね。仕方ないよ」


「うわぁ、困ったものねぇ」


 思いきり同情の目を向けられたユウは何とも言えない気分になった。なんと返事をしようかと考えていたところでアマンダに呼ばれたベッキーがその場を立ち去る。何となく安心した。


 自室に戻ると今度は寝台に寝そべったトリスタンに声をかけられる。


「コミニアヌスは興奮していたか?」


「いや、普通に受け取ったよ。ただ、その途端周りが見えなくなったみたいだけれど」


「静かに興奮しているってところだな。まぁいいや。六の刻になったら起こしてくれ。夕飯にしよう」


「わかった。おやすみ」


 最近は六の刻前後で日没するようになってきたので室内は既に薄暗かった。ユウは蝋燭(ろうそく)の火を点ける。それから机の上を片付け始めた。

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― 新着の感想 ―
古代人の言葉を話せることはまだコミニアヌスはいまいち認識できていないのかな
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