体質の原因の調査
魔物を引き寄せる体質であることをユウがコミニアヌスに話した翌日、日の出と共にユウたち4人は境界の川へと向かった。体と服を洗うためだが、そこで色々と問題が発生する。
まず、だだっ広い河原でいきなり全裸になるということにコミニアヌスとアテリウスは驚いた。確かに境界の川の河原は土手の下にあるので街道からは見えないが、遠いとはいえアドヴェントの町の船場から見えないこともない。それなのに大丈夫の一言で脱ぐことになったからだ。
次いで川の水の冷たさだ。10月上旬となるともう秋である。気温は高くない。そんな場所で冷たい水に入るのはコミニアヌスとアテリウスにとって正気とは思えなかった。
更に洗濯だが、川の底に服を沈めて足踏みをするということにコミニアヌスとアテリウスは呆然とする。てっきり洗い場があると思っていたのだ。ところが、アドヴェントの町の住民、特に貧民は服を1着しか持っていないことが普通なので洗濯をしないことが一般的なのである。このまさかの事実に2人は動揺した。洗うとしても夏前から晩夏にかけて水浴びのときに洗うのがせいぜいだと知る。
最後に体と服を乾かす方法だが、これは自然乾燥か焚き火のみという事実だ。ユウの場合、アドヴェントの町近辺の気候ならば10月はまだ自然乾燥できる範囲だと聞いてコミニアヌスとアテリウスは膝から崩れ落ちそうになる。水で冷えた体にこの時期の風はなかなかに厳しく、服の乾燥も思うようにいかない。そこで、ユウは四の刻まで鍛錬をして服がある程度乾くのを待つのだ。裸で。
トリスタンは既に経験があるので諦めていたが、コミニアヌスとアテリウスは違った。持ってきていた手拭いで体を拭き、奇跡的に持ってきていた着替えを着て事なきを得る。それをトリスタンが羨ましそうに見ていた。
素っ裸で体を動かすユウをちらりと見たコミニアヌスが震えながらつぶやく。
「これは野蛮とかそういう問題じゃない。もっとこう、何かが根本的に間違っている」
「珍しく意見が一致したな。俺もそう思う」
「僕は今回のことで、大陸西部がとても恐ろしいところだと認識を改めたよ、アテリウス」
「トリスタンは首を横に振っているから、恐らくユウ特有のことじゃないか?」
「あ、うなずいた。どうもそうらしい。良かった。大陸西部は魔境じゃなかったんだ!」
「好き勝手言ってくれるじゃない」
「これは言って当然だと思うぞ、ユウ」
近くで色々と言われているのを耳にしていたユウが面白くなさそうに言い返した。しかし、隣のトリスタンから突っ込みが入る。ちなみに、2人は体を温めるために今も動いていた。
こんなことを朝方にやっていたユウたち4人だが、昼からの行動は個別行動となる。ユウは宿に戻って自伝を書き、コミニアヌスも同じく宿で実地調査をまとめた。一方、トリスタンは町の中の賭場にアテリウスを誘っている。
そして翌日、コミニアヌスの要求どおり夜明けの森へと行くことになった。二の刻に起きて準備を済ませ、日の出直前に宿を出発する。
他の冒険者たちの流れに沿って森へと向かう間、コミニアヌスはしきりに周囲を見ていた。落ち着きのない様子はまるで子供だ。その様子をアテリウスにたしなめられるがすぐに元に戻ってしまう。
冒険者ギルド城外支所の北側を通り抜け、原っぱを歩いた先、森の手前まで4人はやって来た。ユウとトリスタンはそこで一旦立ち止まる。そして、瓶を取り出した。蓋を開けてその中身を顔と手に塗る。
その様子を見ていたコミニアヌスとアテリウスは目を剥いた。アテリウスが顔をしかめながらユウに声をかける。
「おい、それは以前の瓶じゃないか。2人とも一体何をしている?」
「虫除けの水薬を塗っているんだよ。名前の通り虫が寄り付かなくなるんだ」
「そうだったか。しかし、臭いが」
「うん、ひどいよね。でも羽虫に寄り付かれるよりかはましだから。そうだ、2人も塗ったら良いよ」
「俺はいらない。まだ羽虫にたかられる方がましだ」
「コミニアヌスはどうかな?」
「僕もいらないよ。虫除けのおまじないがあるから」
「何それ? 魔法みたいなもの?」
「コミニアヌス、そんなのがあるなら俺にもおまじないってやつをかけてくれよ」
既に虫除けの水薬を塗りおえたトリスタンがコミニアヌスに願った。元々この水薬を避けたがっていたので、代替手段があるのならばそちらに変えたいと前々から考えていたのだ。
願われたコミニアヌスがユウに顔を向けた。意見を求められたユウがしばらく考えた末に答える。
「昨日、コミニアヌスは現地の生活のための魔物狩りが見たいって言っていたよね」
「言ったね」
「だったら、少なくともその調査が終わるまではトリスタンにおまじないをかけちゃ駄目だと思う。だって、現地にそんなおまじないはないから」
「なるほど、確かにそれはそうだ! その虫除けの水薬を使うのも生活のための魔物狩りの一端というわけだね! トリスタン、悪いが今回は諦めてくれ!」
「まぁそういうことなら」
情けない顔をしたトリスタンがコミニアヌスの返答に肩を落とした。これで虫除けの水薬を当面使い続けることが決まる。
準備が整うと4人は夜明けの森の中へと入った。ただし、今回はトリスタン、コミニアヌス、アテリウスの3人が前に、そしてユウ1人が少し離れて後方を歩く。ユウの魔物を引き寄せる体質をはっきりとさせるためだ。
歩きながらコミニアヌスがトリスタンに話しかける。
「ユウの体質を確認するための隊形だとさっき聞いたけれど、魔物が現われたら僕たちが最初に危ないよね?」
「普通はな。でも、突っ込んでくる魔物に道を空けると、俺たちを無視してそのままユウの方へと走っていくんだよ」
「その話が本当ならすごいよね。本当でなかったら僕たちがひどい目に遭うだろうけれど」
「そのときのためのアテリウスじゃないのか?」
「確かに! 頼りにしているよ!」
「早速帰りたいんだが」
トリスタンとコミニアヌスの話を聞いていたアテリウスがため息をついた。普通ならあり得ない現象なので信じられないのも無理はない。
森と原っぱの境が見えなくなって更に奥へと4人が進むと小鬼2匹が走ってきた。正面からなのでまっすぐトリスタンたち3人に突っ込んでくる形だ。
その様子を目にしたトリスタンが他の2人に声をかける。
「両脇に散って道を譲れ。俺たちは無視されるはずだ」
「いよいよだね!」
「ギキャ!」
ユウへ至る経路を空けた3人は走ってくる小鬼をじっと見つめた。普通ならばまず3人に襲いかかるはずである。しかし、その2匹はトリスタンたちなどまるでいないかのように無視をして目の前を通り過ぎた。
そのままユウに突っ込んで行って戦いが始まるのをコミニアヌスとアテリウスが目にする。コミニアヌスは興味を惹かれて目を大きくし、アテリウスは信じられないという様子で戦いを見つめた。
さすがに小鬼2匹ではユウの相手にならずにすぐ戦いは終わる。ユウはすぐに魔物の討伐証明部位を切り取り始めた。
遠巻きにその様子を眺めるコミニアヌスが感想を漏らす。
「すごい、本当にあんな体質があるんだ。しかも後天的にだなんて。一体どうやったんだ」
「体質というより、あれはもう呪いの類いじゃないのか? あんな体質なんて聞いたことがないぞ」
「その辺りがどうなのか調べるのも実地調査の一環だよ!」
徐々に興奮していくコミニアヌスがアテリウスへと言葉を返した。それからユウに駆け寄って色々と質問を重ねる。
その後、ユウたち4人は3日ほど夜明けの森で魔物狩りを続けた。思い付く限りの知恵を絞ってコミニアヌスが色々と提案をし、その度にユウとトリスタンが試してゆく。しかし、魔物がユウに集中する現象はどれも同じで、それ以外のことは何もわからなかった。
3日目の午後、コミニアヌスはついに両手を挙げる。
「う~ん、何か手がかりかきっかけだけでもと思ったけれど、ユウの体質は僕の手には余りそうだねぇ。ここまで何もわからないとは思わなかったよ」
「ということは、俺が言ったように呪いの類いか?」
「それもわからないんだよ。呪いの類いだったらもっとこう魔力的な何かが漂うはずなんだけれど、そういうこともないし」
アテリウスの問いかけにコミニアヌスが首を傾げながら答えた。尚もユウを見ながら小さくため息をつく。
「これは、調査記録を持ち帰って専門家と検討した方が良いね。それしかない」
結局、3日間色々調べ回った挙げ句に正体不明という結果だけが残った。これにはユウも肩を落とす。手がかりの欠片さえ手に入らなかったのだ。
他人から見ても理由がわからない体質にユウは顔をしかめる。この謎が解ける日はまだ遠いようだった。




