暗殺者に対する推測
1ヵ月近い街道の旅の末にレラの町にたどり着いた当日からユウたち4人はフランシス商会レラ支店に滞在することになった。期間は10日間の予定だ。
4人の目的は暗殺者から逃れることなので、最良の選択はレラ支店にずっと引きこもっていることである。ルパートによると、実際の逃避行では大半がそうだったらしい。
しかし、本当にまったく引きこもっていたのかというとそうでもなかった。変装をするなどして外に出たことはあったそうだ。そのため、ヴィアンはレラの町でも同じことを求める。
そうなると、暗殺者がどこで何をしているのかということが問題になった。特に厄介なのは、今の状況がどの程度安全なのか相変わらずはっきりとしないままであることだ。そのため、これに関する議論がユウたち4人の中で巻き起こる。
「ルパート、暗殺者は今アドヴェントの町にいる可能性が高い。レラの町にいる間は前ほど厳密に潜伏しなくても良いのではないのか?」
「暗殺者の居場所は正確にはわかりません。さすがに今この町にいるとは思えませんが、油断しても良い状況ではないことに変わりはありません」
「アドヴェントの町からこちらへと暗殺者がやって来るにしても、相応の時間はかかるだろう。それまでは多少羽を伸ばしても良いと思うぞ」
「羽を伸ばすこと自体を悪いとは申しません。ただ、あちこちに出回った結果、ヴィアン様の足跡が残ってしまうことが気がかりなのです」
「アドヴェントの町では暗殺者が町の中の影武者を暗殺したが、あれは貧民街に出た私たちを見つけられなかったということだろう。ということは、私たちがレラの町にやって来たこと自体に気付いていないのではないのか?」
「だとしても、油断して良い理由にはなりません。正確なところは何もわからないのですから。見えない敵と相対するとはそういうことなのです」
ヴィアンとルパートの話し合いは平行線をたどった。同じ客室でこれを聞いているユウとトリスタンは結構困っている。方針が決まらなければ行動できないからだ。
そこでトリスタンがルパートに問いかける。
「ルパート、あんたはどこまでならヴィアンの行動が許せると考えているんだ?」
「私も多少の息抜きは認めるが、あまりに自由すぎるのは危険だと言っているのだ」
「その多少の息抜きと自由すぎるの線はどこで引いているのかと聞いているんだ。具体的にはどんな行動までが許せて、どの行動からは許せないんだ?」
具体的な事例を求めたトリスタンの質問にルパートは言葉に詰まった。良く言えばその都度考えるということなのだろう。
「質問を変えようか。ルパートは俺たちがレラの町に来たことに暗殺者が気付いていると思うか?」
「それはわからん」
「俺たちがアドヴェントの町から離れたことに暗殺者がいつ気付くと思うか?」
「何とも言えないな」
「それなら、暗殺者がこの町にやって来るとしたら、最短でいつ頃だと考えている?」
最後の質問に無言を返してきたルパートにトリスタンはため息をついた。少し渋い顔をして指摘する。
「ルパートは単に不安に思っているだけで、その主張には何も根拠がないというわけか」
「相手の情報が何もわからないのだから、仕方ないだろう」
「だったら、別にヴィアンの主張を採用しても構わないんじゃないのか? 何もわからないんだから。ユウ、お前はどう考えている?」
「数日は平穏だと思う。具体的には最低2日、最大で4日くらいかな」
「理由は?」
「暗殺者が僕たちの行動に気付いていてすぐに追いかけてきたとしても、1日遅れてレラの町に入るはずなんだ。旅の途中で僕たちの後ろに誰も姿を現さなかったからね」
「地平線ぎりぎりで俺たちを監視しつつ追いかけてきていたら半日遅れなんじゃないか?」
「それでも町の門が閉じたら翌朝まで中に入れないよ。特に境界の川を渡る舟の順番待ちでかなり足止めを喰らうからね。だから、1日遅れで良いと思う。後は僕たちを探したりどのように行動するのかを見極めたりするのに1日から3日かかると思うんだ」
具体的に数字を出して推論をしたユウにルパートは目を見開いた。そんなルパートを尻目にトリスタンの質問は続く。
「ヴィアンがあちこち巡って残す足跡についてはどう思う?」
「ルパートに確認なんだけれど、殺された影武者ってずっと部屋に閉じこもっていたの?」
「事前の打ち合わせからフランシス商会アドヴェント支店から外には出ていないはずだ。部屋からは出ていただろうが」
「暗殺者に影武者の存在が漏れていた可能性はあると思う?」
「少なくとも最初から漏れていたとは思えない。前の暗殺未遂から影武者の暗殺まで間が空いているのは、調べるのに時間がかかったからだと考えている」
「ヴィアンがアドヴェント支店に滞在しているという偽情報を広めるなんていうことはしたのかな?」
「いや、していないはずだ」
「フランシス商会がヴィアンに協力していることは暗殺者も知っていると思う?」
「恐らくは知っていると思う」
「そうなると、暗殺者がレラの町にやって来た時点で最初からレラ支店に狙いを絞る可能性があるわけだ。だってヴィアンが一番いる可能性が高いし、実際にいるしね」
ユウの推測にルパートの顔が強ばった。ヴィアンも真剣な表情をしている。
「ルパート、僕たちがアドヴェントの町から離れたことに暗殺者が気付いたと思うべきかな?」
「それは」
「ヴィアンと話をしていたときにあれだけ反対していたんだったら、可能性を考えた時点で気付いたと思うって即答しないと駄目でしょ。そうでないと単に不安に思っているだけということになるよ」
「貴様はどう考えているんだ?」
「気付いていないか、気付くのに数日かかると思うな」
「なぜだ?」
「影武者を殺したからだよ。本物が別の場所にいると知っていたら真っ先にそっちを狙うでしょ。でもそうしなかった。つまり、影武者を本物だと思って殺したか、本物を見つけ出せなかったから影武者を殺して相手の動きを観察したかのどちらかだと思う」
「本物だと思い込んで影武者を殺したとしたら、暗殺者はもう引き上げているかもしれんわけか」
「本物だって自信がなかったら、しばらく相手の様子を見るために隠れて様子を見ることも考えられるよ。仲間や家臣が動揺していたら本物で、そうでなければ影武者だって見極められてしまうかもね」
色々と考えたユウだったが、結局のところ確証があってしゃべっているわけではない。それでも、一番最後に発言した内容が最も現状に近いと考えていた。
黙り込むルパートに対してヴィアンがユウに問いかける。
「結局、何が最も重要な点だと思う?」
「フランシス商会アドヴェント支店からレラの町行きの荷馬車2台が怪しいと思われたかどうかだと思う。影武者が殺された時点までは、恐らく暗殺者はヴィアンが町の中にいる可能性が高いと考えていたはずだから。そこから発想を転換できるきっかけを得られるのかだね」
「ということは、貧民街に潜伏していたことは気付かれていなかったわけだ」
「気付かれていれば、どこかの時点で襲われていたと思うよ」
「こうなると、レラの町に移ったことが暗殺者に気付かれていないと思いたいな」
力のない笑みを浮かべたヴィアンを見たユウは更に考えた。貧民街では最後まで襲われなかったわけだが、これが暗殺者に気付かれていないという証拠ならば、レラの町行きの荷馬車2台も気付かれていないのではと思うようになる。
「ヴィアン、ルパート、もしかしたら暗殺者は僕たちがレラの町に行ったことに気付いていないかもしれない」
「何だって?」
「影武者が暗殺されてからレラの町行きの荷馬車2台の相談をして実際に出発するまで1週間くらいあったでしょ。その間、こっちも工夫したとはいえ、何度かアドヴェント支店とやり取りをしたよね。でも、ヴィアンはその間襲われなかった。ということは、普通に考えたら暗殺者に気付かれていないということにならない?」
「確かにそうだな!」
「我々の警備が硬くて襲えなかったということは考えられないか?」
「だったら、西端の街道で僕たちの隊商が単独で野営をしていたときに襲えば良かったじゃない。そこまで迫られていたらレラの町に行こうとしたのにも気付くはずだし、野営中の夜の見張り番でヴィアンが立っていたのは絶好の機会だったはずだよ」
「む、それは確かに」
「今のユウの話だと、道中はかなり危険だったことになるな。夜中にルパートが近くにいたとはいえ、ヴィアンが襲いやすい状態だったし」
トリスタンの指摘に他の3人は言葉に詰まった。かなり間抜けなことをしていたことを自覚する。
4人は今更ながらに冷や汗をかいた。




