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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第32章 逃げる者と追う者

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出発前の休暇

 フランシス商会アドヴェント支店の支店長ソロモンとの会合を終えたユウたちは宿屋『乙女の微睡み亭』で引き続き引きこもった。荷馬車を用意してもらうまでの数日間は特に身を潜めておかないといけない。


 トリスタン、ヴィアン、ルパートの3人はつい先日まで夜明けの森で連日活動していたのでちょうど良い休暇となる。前半は特に何をするわけでもなく部屋の寝台でごろごろとしていた。体を休めることは冒険者にとって仕事のうちなので良いことだ。


 しかし、ここで夏という季節が4人を襲ってくる。真夏に室内は暑いのだ。木窓を全開にして扉も開けて風通しを良くするとましにはなるが、それだけではとても足りない。


 食事時になるとユウとトリスタンがヴィアンとルパートの部屋へと向かうが、そのときにヴィアンから意見を求められる。


「ユウ、トリスタン、この暑さはたまらないのだが、何とかならないのだろうか?」


「強い風が吹くように祈るしかないかなぁ」


「そうだよな。それか、何か薄い板みたいなので自分を(あお)ぐとか」


「トリスタン、それって逆に疲れて暑くならないかな?」


「だったら、誰か人に(あお)いでもらうしかないな」


 干し肉を囓るトリスタンが考えながら答えた。当人もすっかり汗濡れだ。


 2人の話を聞いたヴィアンは不満そうにしゃべる。


「それくらいなら私でも思い付く。もっと他にないのか? この暑さはきついのだ」


「うーん、そう言われてもなぁ。部屋に限らないなら水浴びという方法があるけれど」


「水浴び? 北にある境界の川でするのか?」


「そうだよ。あれが気持ち良いんだ。洗濯も一緒にすると服もきれいになるし」


「聞いていると水浴びをしたくなってくるな」


「ヴィアン様、今はさすがに危険です」


「うっ、わかっている。ただ、この暑さはなぁ。何とかならないものか」


 隣に座るルパートにたしなめられたヴィアンは肩を落とした。今しばらく我慢するしかない。


 食事が終わると再び英気を養うべくトリスタンたち3人は寝台でごろごろとするのだが、日が経つにつれて体力が回復すると今度は別の問題が持ち上がってくる。暇だ。外に出ることができないので気晴らしすらできないのも精神的にきつい。唯一食事がささやかな気晴らしになっているが、求めているのは娯楽なのだ。


 その点、ユウは恵まれている。自伝の執筆が気晴らしに当たるからだ。今や完全に作業のようになってしまっているので若干首を傾げるところはあるものの、他の3人に比べるとずっとましである。


 ある日、ユウが机に向かってペンを動かし、トリスタンが寝台に寝転がっているとヴィアンが部屋に入ってきた。そして、トリスタンに声をかけようとしてユウに目を向ける。


「ユウ、何を書いているのだ?」


「過去に何をやってきたのかを思い出しながら、自分のことをひとつずつ書いているんだ」


「自伝か。珍しいな。ひとつ読ませてくれないか?」


「良いですよ。あ、どうせなら最初から読んでみます?」


「なに、最初から?」


 不思議そうに首を傾けるヴィアンをそのままにユウは自分の背嚢(はいのう)から羊皮紙の固まりを取り出した。紐で縛られたそれは結構な厚みがある。結んである紐をほどくと最初の10枚を取り出してヴィアンに手渡す。


「お前、そんなに書いているのか?」


「そうなんだ。暇だったら読んでくれないかな」


「暇潰しか。ちょうどその暇をどうしようか悩んでいたのだ。では、これをまとめて持っていっても良いか?」


「良いよ。暇そうだったらルパートにも読んでもらってよ」


「わかった。声をかけておこう」


 羊皮紙の束を受け取ったヴィアンを見送ったユウは嬉しそうに机へと向き直った。そうして再びペンを取る。


 そんな一連のやり取りを気だるそうにトリスタンが眺めていた。しばらくしてからユウに声をかける。


「ヴィアン、よっぽど暇だったみたいだな」


「そうだね。僕の書いたものに興味を持ってくれて嬉しいよ」


「どのくらいまで読むかなぁ」


「わからないね。でも、たくさん読んでくれると嬉しいな。あと、ルパートも」


「俺には記録にしか見えなかったんだが」


「別に記録でも良いじゃない。どこで何をしたのかわかるんだから」


「いやまぁそうなんだがな。読み物として読み始めて記録を読んだときのがっかり感というかなんというか、そういったものがだなぁ」


 暑さであまり頭が回っていないのか、トリスタンの言葉は緩やかだった。そして、それきり言葉が途切れる。


 話し相手がいなくなったユウは自伝の執筆に集中した。今日は読んでくれる人がいるとわかっているので楽しく書ける。


 そうして六の刻になった。普段なら酒場に行くところだが今は行けない。なので、ユウとトリスタンは保存食を持ってヴィアンとルパートのいる部屋へと向かう。これが夕食だ。


 干し肉と黒パンを手に持って依頼者たちの部屋に入ったユウはその光景に驚いた。ヴィアンもルパートも羊皮紙を熱心に見ているのだ。もちろんユウが書いた自伝である。


 続いて部屋に入ってきたトリスタンが立ち止まったユウに一瞬怪訝そうな表情を向けるが、ヴィアンとルパートへと目を向けて納得した。そうして口を開く。


「2人とも、随分集中しているじゃないか」


「おお、トリスタンか。これはなかなか面白いぞ。ユウが何を経験してきたのかがよくわかる。4章まではこの町の話だから、色々と知っているところが出てきて楽しいんだ」


「あー、そういう読み方もあるのか。ルパートも読んでいるんだな」


「暇だからというのが読むきっかけだったが、読み始めてみるとなかなか興味深いのだ。自分の知らない場所のことを知れるのは良い刺激になる」


「おお、評価が高いな」


 自伝に対するヴィアンとルパートの評価が高いことを知ったトリスタンが戸惑った。


 それに対して、ユウは高く評価してくれる2人に笑顔を向ける。


「面白いんだ。良かった。今までそこまで興味を持ってくれる人がいなかったから嬉しいよ。書いた甲斐があったなぁ」


「そうなのか。確かに物語として書かれているわけではないが、大陸各地がどうなっているのかがわかるのは面白いぞ」


「そうですな。私もチャレン王国内しか知りませんから、こういう書物で見聞を広めるというのは良い刺激になります」


「嬉しいなぁ。そう言われると、これからも頑張って書けるよ」


「まだ続きがあるのだな。それは楽しみだ」


「私もできたら読ませてもらいたい」


 高評価に舞い上がったユウは続きを書けたらすぐに見せることをヴィアンとルパートに約束した。正に作者冥利に尽きるというものである。


 その日の夕食の話題はユウが書いた自伝に関するものがほとんどだった。質問がある度にユウは思い出しながら返答する。


 ユウはいつもより楽しい食事時を過ごすことができた。




 暗殺者の手をかいくぐるために現在潜伏中のユウたち4人だが、ずっと宿の部屋に閉じこもりっきりというわけにはいかない。最低限、町の中の協力者との連絡を維持するためにも外へ出る必要があった。


 その外へ出る役目は主にトリスタンが担っている。ヴィアンとルパートはそもそも隠すべき存在で、ユウはこの2人から気に入ってもらえた自伝の執筆に集中しているからだ。ということで、現在手が空いているトリスタンが冒険者ギルド城外支所に行っている。


 この日、トリスタンはいつも通り城外支所へと赴いて帰ってきた。そうして他の3人を集めて報告を始める。


「向こうからの連絡の手紙はなかったんだが、俺たちへの指名依頼っていうのがあったぞ」


「あ、それってこの前の話し合いで決めたやつなんだ。引き受けてきた?」


「レセップに言われたんで引き受けてきたぞ。話には聞いていたが本当に依頼になっていたんだな」


「依頼書があったっていうことは、向こうの準備は概ね整ったということだよね。何て書いてあったの?」


「荷馬車2台の護衛で目的地はレラの町のフランシス協会レラ支店、2日後に出発で合流場所は西端の街道を城外支所から1オリック南に進んだ場所だった」


 先日の話し合いの通りでユウは安心した。ヴィアンとルパートもうなずいている。これで後は待つだけだ。


 そこへ更にトリスタンが付け加える。


「それと、報酬が1人あたり日当銅貨4枚だそうだぞ」


「ユウがソロモンとそんな話をしていたな」


「西端の街道だったらそんなものだよ」


「実際に支払われるのだろうか?」


「どうなんだろうね」


 報酬は既に日当金貨1枚で日々加算されているので、言わばこれは報酬の二重取りに当たった。そのため、普通なら支払われないはずである。ユウが支店長ソロモンと話をしたときは話題になっていたが、果たして本気で支払うつもりなのかは確認していない。


 ユウも少しばかり気になる話ではあった。

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― 新着の感想 ―
自伝を高評価してもらえたのはホッコリする良い話。ですけど古代人ズとか権力者が認知したら目の色を変えそうな情報も記載してるはずなので大丈夫かな。
偽装のためなら支払ったほうがいいから、特に高額でない以上支払われるでしょ どこから情報が漏れてるかわからんって話なんだから いや、そういう脇の甘いところでバレてたら笑うけど
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