町の中からの連絡(前)
降臨祭の翌日、ユウは宿屋『乙女の微睡み亭』の部屋で目覚めた。二の刻の鐘が鳴った後から朝の準備を始める。その動きはいつもと変わりない。ただ、いくらか不安そうな顔をしていた。
理由は、本来前日の夕方に帰還する予定だったトリスタンたち3人がまだ戻って来ていないからだ。夜明けの森で1泊する活動はこれで3度目だが、未帰還は初めてである。
可能性だけを考えればあらゆることが起き得るが、現実問題として何かが起きるとはユウには思えなかった。今回3人が向かった場所は他の新人冒険者たちもよく行く場所だからだ。技量に勝るあの3人で帰還できないようなことがあるのなら、他の新人でも未帰還のパーティが続出して今頃冒険者ギルドが動いているだろう。
ただ、そうは言ってもやはり不安は拭いきれない。たまに開けた木窓の外を眺めてはまた作業に戻る。
元々待つしかないユウは今日も机に向かった。次第に調子に乗ってきてペンがよく動くようになる。
そのうち三の刻の鐘の音が耳に入ってきた。きりの良いところで書き終わるとペンを置く。休憩の時間だ。しかし、ちょうど休み始めたそのとき、扉が叩かれた。立ち上がったユウが扉を開けるとベッキーの姿が見える。
「どうしたの?」
「ユウかトリスタンに手紙だって。はい」
受け取ったユウは封筒の表裏を何度か眺めた。宛先人も差出人も書かれていない封筒だ。
さっさと行ってしまったベッキーに礼を言うのを忘れたユウだったが、これが何であるか勘付いて真顔になった。すぐに部屋に戻って扉を閉める。中身を確認したい衝動に駆られたが、それを我慢して机の上に置いた。これを読んで良いのはヴィアンとルパートだ。ユウではない。
通常の手続きならば冒険者ギルド城外支所で預かってもらうはずの手紙が緊急連絡先に届けられた。城外支所が使えなくなった気配は今のところない。ということは、この内容を一刻も早くこちらに知らせるために届けられたことになる。
悪いことが重なるとユウは思った。不気味な心配事がひとつ増えてしまった。城外支所が現在どうなっているのか確認しに行こうかともユウは考えたが、本当に何かが起きていて巻き込まれると面倒なことになる。また、野営ありの活動後は必ずこの宿にトリスタンがやってくるので、入れ違いになるわけにはいかなかった。
どこまでも待つしかない状況に胸の内の不安が膨れ上がってきたユウだったが、変化は割合早く訪れてくる。
廊下から足音が聞こえたかと思うと扉がいきなり開かれたのだ。入ってきたのはトリスタンである。
「戻ったぞ! 悪い。距離感を誤って森の浅い場所でもう1泊したんだ」
「そうだったんだ。何かあったのかなって思ったよ」
「ユウが教えてくれた場所だったから平気だったぞ。お前がいたときの方が大変だったくらいだ」
「ということは、森の中での活動は順調だったわけなんだね」
「ああ。ただ、今まで連日森の中に入っていただろう? さすがに疲れてきたから3日間くらい休もうっていうことになったんだ」
「そうなんだ。だったら、ここで部屋を押さえた方が良いかもしれないね」
「どういうことだ?」
「この封筒がさっき届いたんだ」
机に置いた何も書かれていない封筒を手に取ったユウは相棒に見せた。受け取ったトリスタンが表裏を眺める。
「どこから届けられたんだ?」
「はっきりとはわからない。ベッキーが僕かトリスタンにって持ってきたんだ」
「気味が悪いな」
「でも、心当たりがひとつあるんだ。前にここを緊急連絡先にしたでしょ」
「町の中の仲間と、連絡、ユウ、向こうで何かあったということか?」
「たぶん。冒険者ギルドも経由しないでこっちに届けたということは相当なんだと思う。ちなみに、今の城外支所って何か異常が発生していたりするかな?」
「いや、いつも通りだ」
「ということは、やっぱり早く確実に何かを知らせたいんだと思う。トリスタン、それを持ってヴィアンとルパートの2人と合流しよう」
「それがいいな」
ようやく事態が飲み込めてきたトリスタンが真顔でうなずいた。封筒を返してもらったユウは懐にしまうと部屋を出る。そして、トリスタン共々冒険者ギルド城外支所へと急いだ。
一段落した城外支所はそれでもある程度の人々で賑わっていた。ユウとトリスタンはその建物の北側へと回る。換金を終えたヴィアンとルパートとはここで待ち合わせることになっているのだ。
2人が足早に向かった先には既にヴィアンとルパートが立っていた。どちらもユウたちを目にすると近づいて来る。
「ユウ、久しぶりだな。トリスタンから聞いているかもしれないが、距離感を誤って森の中でもう1泊してしまったんだ。心配かけてすまない」
「それはいいんだ。それより、さっき宿で僕たち宛に封筒が届いたんだ。読んでくれないかな。僕とトリスタンはまだ中を見ていないよ」
「わかった」
封筒を受け取ったヴィアンがその中を取り出そうとした。その間にルパートがユウに声をかける。
「ユウ、どういうことだ?」
「わからない。でも、城外支所がいつも通りなのに宿の方へ封筒を届けたということは、とにかく早く読んでほしいということなんじゃないかな」
「つまり、向こうで何かあったということか」
「その通りだ、ルパート。読んで見ろ」
「ヴィアン様?」
「声には出すなよ」
すっかり真剣な表情となったヴィアンが封筒から取り出した手紙をルパートに手渡した。それから大きな息を吐き出すと首を横に振る。
一方、手紙を読んだルパートも表情を硬くした。そして、こちらも大きくため息をつく。
「ヴィアン様、どうされますか?」
「拠点の宿に行こう。そこで今後の話をしたい」
ヴィアンの真剣な眼差しに一同はうなずいた。浮かれた気分は既になく、周囲の警戒をしながら宿屋『乙女の微睡み亭』を目指す。
道中は何事もなく進め、すぐに宿へは着いた。中に入ってユウが受付カウンターの前に立つと自分の部屋の鍵をもらいつつ、ヴィアンとルパートの2人部屋も1泊分押さえる。そうして2人のために借りた部屋に全員が入った。
他の3人が寝台に腰掛けるのを見たヴィアンが椅子に座って口を開く。
「ユウとトリスタンは雰囲気で察していると思うが、私とルパートはついさっきの手紙で非常に追い込まれた状況にいることを自覚した。最初に断っておくが、これは君たち2人の責任ではない」
「ヴィアン様、どこまで話されるおつもりなのですか?」
「暗殺者と影武者の件は話す。これを話さないと2人に有効な献策をしてもらえないからな。さて、私の依頼を引き受けてもらったときの条件で、こちらのことは一切詮索しないことという項目があったことを覚えていると思う。あれは、私たちの正体がばれるのを防ぐためだが、この正体を知られると余計な危険も呼び寄せてしまうためなんだ」
「偉い貴族様だっていうのは想像していたけれど、そんなに?」
「さすがに国王陛下ほど偉くはないがな。冗談はともかくとして、偉いかどうかというより、とある相手と争っているせいだな。相手が色々としてくるんだ」
そこまで聞いたユウはどうりでやたらと正体を隠したがると思った。そして、これは聞いてはいけないことだとも理解する。横目でトリスタンを見ると嫌そうな顔をしていた。
若干弱った表情のルパートを尻目にヴィアンが話を続ける。
「ということで、私の正体は明かせない。しかし、今何が起きているのかは話そう。私はとある理由で1ヵ月程前にこの町まで避難してきたのだが、その理由が暗殺を避けるためだ。しかし、避難して1週間ほどで2度も暗殺されそうになってな、それで町の外に出ることにしたのだ」
「ああ、それで俺たちを雇いたかったのか」
「そうだ。2度目の暗殺から3週間以上が経過しても何も起きなかったことから、私の潜伏は成功しているように思えたのだが、昨日町の中に用意していた影武者が暗殺された」
「そんなのがいたのか」
「フランシス商会のアドヴェント支店で君たちに武具や道具を見繕ってもらっていただろう? あのときにルパートの同僚が2人そちらに移ったんだ」
ようやく今までの不明点がある程度明らかになったことでトリスタンが理解したという表情を浮かべた。そうして疑問を口にする。
「その2人は?」
「同じように殺されたらしい。これで腕の立つ護衛はルパートと君たちのみとなった」
「その暗殺者の情報はあるのか?」
「4人組ということは掴んだがそれ以上は何も。ただ、既に3人は殺している」
「残り1人かぁ」
話を聞いたトリスタンが大きなため息をついた。ユウも顔をしかめる。状況が不透明なのが実に恐ろしい。
危険が具体的になったことでユウとトリスタンは胸が詰まった。




