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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第32章 逃げる者と追う者

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久しぶりの降臨祭

 雨が頻繁に降る雨期は終わった。今のアドヴェントの町周辺には青い空が広がっている。雨が降っていたときよりも湿度は低くなったが、代わりに温度は大きく上がった。


 つまるところ夏になったわけだが、当然暑い。宿の部屋も暑いので木窓は全開で扉も半開きである。不用心ではあるが、夏の宿では誰もがこうした涙ぐましい努力をして涼を得ようとするのだ。


 宿屋『乙女の微睡み亭』で自伝を執筆しているユウも例外ではない。狭い空間にこもった熱など怨敵でしかないのだ。こういうときはもっと涼しい場所があればと切に願う。


 そんなユウは今日も1人だ。昨日からトリスタンたち3人は夜明けの森で活動している。あれから何度か試したところ、3人でも森の中で野営できることがわかったのだ。これにより、本格的に数日間森の中で活動することを模索することになった。今はその最終調整中である。


 こうなるとユウは完全に後方支援要員だ。魔物を引き寄せる体質が消えない限り確定である。今や町の中との連絡役は完全にユウの役目となっていた。


 最初からこの役目を任じられていたらユウもまだ割り切れていただろう。しかし、途中で他の3人から分かれたものだから内心思うところがあった。それがどうしようもないものだとしてもだ。


 何ともできないこの気分をユウは執筆にぶつける。暑さにめげず一心不乱に書き続けた。そのおかげで進捗は快調だ。


 集中して羊皮紙を見つめていたユウの耳に四の刻の鐘の音が聞こえてきた。ちょうど1枚書き終えたところなのでペンを置く。


「あ~、やっとトリスタンとの出会いも書けた。これから2人で大陸を巡るんだよね。長いなぁ」


 執筆に一区切り付いた満足感とこれからの予定を思い出したことによる絶望感がユウを同時に襲った。室内のこもるような暑さもあってしばらくぼんやりとする。


 しかし、このままでは蒸し焼きになると考えたユウは自分へ緩やかに気合いを入れた。そうして何とか立ち上がると干し肉と黒パンを持って外に出る。扉を施錠すると力ない足取りで廊下を歩いた。受付カウンターにたどり着くとそこに片肘をついて干し肉を囓る。


「ユウ、ここは食堂じゃないよ」


「部屋の中が暑すぎるんだ。それで少しだけ涼みに来たんだよ、ジェナ」


「確かにこの暑さは嫌になるけどねぇ」


「そうでしょ。このご飯を食べる間だけね」


「しょうがない子だねぇ、まったく。若いんだから、外でやってる祭で暑さを吹き飛ばしてくりゃいいんだよ」


「祭? ああ、降臨祭だったね、今日」


「なんだい、今まで忘れてたってのかい」


「思い出したり忘れていたりしていたよ。旅から戻っても町から出たり入ったりしていたから」


「忙しそうじゃないか。だったら尚のこと、久しぶりに見に行くといいさ」


「食べ終わったらそうするよ」


 老婆に勧められたユウは考えを改めた。部屋に戻って自伝の続きを書こうかと考えていたが、あの部屋に戻る気になれなかったのだ。


 この後やって来たアマンダやベッキーに呆れられながらも受付カウンターで昼食を終えたユウは宿を出た。宿屋街の路地を歩き始めるとすぐに陰の部分へと寄る。日向よりも暑さがましだからだ。少しでも涼を得たいという気持ちの表れである。


 のんびりと歩くユウが貧者の道に近づくにつれて路地の人通りが多くなり騒がしくなっていった。また、原っぱの方からは歌、音楽、歓声などが耳に流れ込んでくる。懐かしさがこみ上げてきた。


 宿屋街の北の端にたどり着くと、ユウは路地の陰から貧者の道を隔てた向こう側の原っぱを眺める。日陰など一切ない場所で様々な出し物が繰り広げられていた。


 最初に目に付いたのは大道芸だ。街にやって来ているのは1団体だけではなく、この日の客入りを期待していくつもの大道芸団が町の東門から南門にかけての原っぱで技を競い合っていた。かつて騒がしかった友人が見たがっていた火吹き大道芸はこの中の1つの団体の見世物である。


 まるで10年前の貧民時代に戻ったかの感覚に陥ったユウは貧者の道へと踏み出した。日差しが直接降り注ぐが気にならない。


 次に目に入ったのが芝居小屋である。出し物の種類はある程度決まっていて、男に人気の冒険譚や英雄譚、女に人気の悲恋や純愛ものが大半だ。それでも同じ出し物だと飽きられるので、毎年あの手この手で内容が変化している。


 男のユウは冒険譚に注目した。かつて自分も憧れたものだが、果たしてその憧れになれただろうかと自問する。芝居にあるような派手な冒険はあまりなかったが、大陸一周という壮大さは芝居よりも勝っているように思えた。


 ゆっくりと原っぱを見ながら歩いていると、決闘という出し物に出くわす。お互いに譲れないものを剣技によって解決しようというわけだが、これで客寄せをするのだ。なかなか人気の出し物で観客は多い。ちなみに、賭けの対象にもなっている。


 この決闘を見たとき、ユウの気持ちは少し沈んだ。実際に何度かやってみたというよりやらされたが、どれも良い思い出はないからだ。やらないに越したことはないなというのが今の正直な感想である。


 他にも個人で芸を披露している者もいる。こういった者たちは団体と団体の間を埋めるようにいて、おひねりをもらおうと技を競っていた。かつての知り合いが見たがっていた手品師もそんな芸人の1人である。


 何だかんだで原っぱの出し物を一通り流して見たユウは楽しんでいた。正確には懐かしんでいたわけだが、楽しみ方は人それぞれだろう。


 芸を楽しんだところでユウは次に市場へと向かった。東側にある店舗は飲食店以外は休みだが、露天商の集まる西側は普段以上に活気がある。何しろいつもやって来る露天商以外にも、女に人気の宝石商、広く求められる古着商などが色々と店を開いているのだ。


 そして、最も賑わうのは屋台である。生の野菜や果物を売る露天商とは違い、こちらは調理した料理を売る店だ。いつも見かける屋台から祭のときのみやって来る珍しい屋台もある。定番なだけあって盛況だ。


 財布に気を付けながら市場の中をユウは巡る。あまりにも人混みがひどい場所はさすがに避けたが、そうでない場所はできうる限り足を運んだ。


 そんな一角でユウは珍しい集まりを目にした。薬師の集まりだ。これは他とは違い、お互い持ち寄った薬草や薬品を売買したり品評したりするものである。薬師たちはこういう所で物だけでなく情報も交換して見識を広めるのだ。かつて仲が良かった少年が毎年通っていたことを思い出す。


 そうして一通り巡ると鐘の音が町の中から聞こえてきた。五の刻だ。気付けば汗を結構かいており、小腹が空いていることにユウは気付く。


 今の自分のいる場所を頭に浮かべたユウは目的の場所へと足先を向けた。ほどなくチャドのスープ屋へとたどり着く。


 スープ屋はなかなか盛況だった。チャドは忙しそうに働いていた。その裏では小さい少年が木製の皿や匙を洗っている。どうやら人を雇わないといけないほどのようだ。


 話しかけるのは諦めたユウはスープだけをもらうことにする。


「チャド、1杯ちょうだい」


「はい」


 声をかけられたチャドが一瞬笑顔を見せたのを見たユウは洗われたばかりの皿と匙をもらって屋台の脇に退いた。そこで熱いスープを飲む。汗が更に噴き出た。


 時間をかけてきれいに平らげるとユウは皿と匙を籠に入れる。そうしてスープ屋から離れた。


 一度貧者の道へと出たユウは東へと足を向ける。次いで向かうのは安酒場街だ。路地に入ると原っぱとは別の騒がしさが目の前に広がる。昼間から大勢の大人が酒を飲んで騒いでいるのだ。


 その様子を見慣れているはずのユウだったが、ふと10年前に初めてこの喧騒を目の当たりにしたときのことを思い出した。ただひたすらうるさいと感じたはずである。そして、同時に空腹も感じて家に退散したはずだった。


 昔のことを思い出したユウは苦笑する。今では何とも思わない光景だ。


 こうなると行くところはひとつしかない。そういえばここ2週間行っていないことを思いだした。慣れた道を歩き、隣接する建物と同じで傷んだところの多い木造の店舗を目指す。


 たどり着いてその中に入ると店内は大盛況だった。テーブル席は満席だ。カウンター席もひとつしか空いていない。


「こんなにたくさんの人が昼間から飲んでいるんだ」


「それはあんたも同じでしょ」


「え?」


「いらっしゃい。いつもの?」


「とりあえずエールを1杯」


「はいはい。空いてる所に座ってね」


 隣からいきなり声をかけられたユウは驚いてそちらへ顔を向けた。エラが声をかけてきたのだ。とりあえず注文をすると雑な案内を受ける。


 いつも通りの対応を受け流したユウは最後のカウンター席に向かった。

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