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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第31章 行商人の悲喜こもごも

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いつもの酒場にて(前)

 古い知り合いであるアビーの依頼を引き受けたユウは初日の調査を終えた。アドヴェントの町の貧民街を巡った結果、ある程度の推論を立てられるくらいまでの情報を集めることができる。そうして貧民街のチンピラに囚われている可能性までたどり着けた。


 ユウ自身としては鐘1回分程度の時間でここまで探れたのは充分だと考えている。ここから先が大変なのだが、それでも次に何をするべきか決められるところまで進展があったのは次の捜査に期待が持てた。


 そんなユウは今、安酒場『泥酔亭』で遅い夕食を食べている。時間はついさっき七の刻の鐘が鳴ったくらいだ。いつもより鐘1回分程度遅い。


 これには理由が2つある。ひとつは、最近の日没時刻が七の刻を過ぎるため、遅くまで自伝を書いているからだ。引き受けた依頼は1日鐘1回分程度の時間をかけるだけなので、他の時間はいつも通り過ごしているのである。そしてもうひとつは、毎日調査結果をエラかサリーに報告するためだ。さすがに2人とも繁忙期にのんびりと話は聞いていられないため、ユウが閉店間際にやって来て話をすることになったのである。


 いよいよ酔客もほとんどいなくなったとき、ユウは食事をほとんど終えていた。依頼を引き受けている間は3度の食事を提供してもらえるので、今は対価を支払わずに好き勝手に注文している。そんな夕食が終わろうとしていたのだ。


 とりあえず満腹になったことにユウが満足しているとサリーがやって来る。


「お皿さげるわよ。にしても、ただ飯だからってありったけ食べたわね」


「働いているんだからただ飯じゃないよ。それじゃ僕、ただ働きしていることになるじゃない」


「そうだったわね。まぁいいわ。エラがもうすぐ話を聞きに来るから待ってて」


「サリーは聞かないの?」


「お店の片付けは待っちゃくれないのよね。後でエラから聞くわ」


 空の皿を手に持ったサリーが肩をすくめてから立ち去った。カウンターの奥へと姿を消す。そうして入れ替わりにエラがやって来た。隣のカウンター席へと座る。


「仕事が一段落着いたから、今日はどうだったのか聞いてあげるわ」


「依頼人のアビーは?」


「アビーには明日の朝、あたしから話しておいてあげる。本当はあんたが来てくれたら一番なんだけど、面倒でしょ? それに、日が沈むかどうかの時間に市場からここまで歩かせるのは気が引けるわ。帰りなんて真っ暗だし。だからこうして、あたしが1日の終わりに聞いてあげるのよ」


「その気遣いは嬉しいかな。ちなみに、アビーは報告を聞くためだけに朝ここへ来るの?」


「まさか、あの子だって暇じゃないわよ。このお店に野菜を届けてくれているのよ。あんたへの報酬代わりにね」


 みんな時間をやり繰りしていることを知ってユウは感心した。本来ならば最も時間に融通の利くユウが手間をかけるべきなのだが、今回はこの手間も報酬の一部として我慢してもらっている。


「それじゃ、今日調べた結果を話すよ」


「ええ、お願い」


 話を聞く態勢になったエラを見たユウは報告を始めた。最初に結局どうなっていそうなのかを短く話、その根拠をひとつずつ説明してゆく。簡潔に話すと比較的短時間で済んだ。


 報告をすべて聞いたエラは難しい顔をした。そのまましばらく黙っていたが、やがてわずかに不満を含ませた声色でユウに問う。


「そのスティーブっていうヤツの根城の中は確認できなかったの?」


「さすがに外からだとわからないよ」


「もうそこにトニーがいるってほぼ確定してるなら、1度中を覗いてきたらどうなの?」


「どうやって? 相手は後ろ暗い連中だから、簡単に根城の中なんて見せてくれないよ」


「殴り込みはかけられないの?」


「間違っていたときのことを考えると簡単にはできないよ。だって、もしトニーが中に見当たらなかったら、僕が犯罪者になるんだよ?」


「確かにそうね。う~ん、これはもどかしいわ」


 渋い表情をしたエラがため息をついた。ユウの感じている思いがいくらか伝わったらしい。根城を遠くから眺めていたときに同じことを感じていたのだ。


 苦労を共感してもらえて内心喜んだユウはエラに向かってしゃべる。


「この調子で明日も調べてくるよ」


「頼むわよ。トニーの身がかかってるんだからね。明日くらいには見つけられるかしら?」


「どうだろう。でも、もしかしたら何かしらの反応があるかもしれない」


「反応? どういうことよ」


「僕は今トニーのことを探しているけれど、堂々と調べて回っているんだ。だから、それを見てトニーに何かした連中が反応するかもしれないでしょ。このことを(あば)かれて困る奴らは絶対にいるだろうしね」


「危なくないの?」


「危ないよ。殺される可能性があるんだから」


 はっきりと言い切ったユウは目を見開いたエラをじっと見た。今回のように誰か知らない者が関わっている場合、その相手次第で追跡者の身の危険は大きく変化する。大抵は悪いことにしかならない。今まで冒険者をしてきたユウはそのことをよく知っていた。だからこそ、報酬が高いのである。より確実に真相に迫れる能力のためだけでなく、高い危険に対する対価でもあるのだ。


 黙り込んだエラにユウが話を続ける。


「対価の高さっていうのは、それが適正である場合なら必ず何かしらの理由があるんだ。高い技術や高品質な結果とかね。そしてその中に身の危険っていうのもあるんだよ」


「冒険者が危険な仕事だっていうのは知っていたけれど、それはあくまでも魔物と戦うっていう意味でしか知らなかったわ。あたし、アビーにあんたを紹介するときにそこまで考えていなかった。なくした物を捜す感覚に近かったわ」


「知らないとそんなものだろうね。知った上で使い捨ての道具みたいに扱う人もいるから、それに比べたらずっとましだよ。次からは考えてくれると嬉しい」


「そうね。そうするわ」


 大きな息を吐き出したエラが軽く頭を振った。その表情はややつらそうだ。


 さすがに追い詰める意図はないのでやや明るくユウが告げる。


「そこまで深刻に考えることはないよ。狙ってくるとしたら、高い確率でスティーブとその仲間のはずだから。チンピラ相手だったらまず負けることはないし、恐らく最初は脅迫まがいの警告だろうから、すぐ殺し合いになることはないよ」


「慰めてくれようとしてるのはわかるんだけど、最後にさらっと怖いこと言わないでよ」


「え? あー、でも大抵そうなるんだよね」


「でも、そんな乱暴な相手に捕まったトニーって、どんなひどい目に遭ってるのかしら」


「それは捕まった相手によると思う。今回はどうなんだろうね」


「ちょっと、不安になること言わないでよ」


「ごめん。でも、スティーブたちが言っていた革袋というのが麻の小袋のことなら、まだ生きている可能性は高いよ」


「そうなの?」


「だって、あのお金が目当てなら絶対に手に入れたいでしょ。だったら、トニーのことを調べてその家族を探し出して、あ」


 何気なしにしゃべっていたユウは相手の行動についてひとつ嫌な推測を思い付いてしまった。もし、スティーブたちがトニーのことを調べていたとしたら、アビーたちの存在はすぐに知られてしまうだろう。そうなると次に狙われるのは八百屋だ。自分たちを嗅ぎ回っている冒険者と目当ての袋を持っている可能性の高い八百屋、あのチンピラたちは果たしてどちらを優先するだろうか。


 自分の推測で嫌な汗をかいたユウだったが、同時に不思議にも思った。もしスティーブたちがトニーを拉致したのが3日前だったのなら、その間に調べ回ることは充分にできたはずである。にもかかわらず今のところアビーたちには何も起きていない。もしかしたら、何らかの理由があってトニーについては調べていないのかもしれないと考える。


「ユウ、突然どうしたのよ?」


「ちょっと悪い想像をしたんだけれど、たぶん大丈夫だって思い直したんだ」


「もう、怖いこと言わないでよ」


「まぁ何にせよ、明日も頑張って調べてくるよ」


「頼んだわよ」


 色々と頭の中を整理できたユウは木製のジョッキを傾けるとエールを飲みきった。それをカウンターの上に置くと立ち上がる。周囲を見たら酔客はもう誰もいなかった。


「あれ? 僕が最後なんだ」


「みたいね。お帰りはあちら」


「エラ、そっちは終わったの? だったら片付けを手伝って」


「はーい。じゃね」


 席を立ったエラがサリーの声に反応して店内の片付けと掃除を始めた。もうユウを気にするそぶりも見せない。


 その様子を見たユウはほろ酔い気分で店を出た。日は暮れているので周囲は暗い。店の脇に設置された篝火(かがりび)や通行人の持つ松明(たいまつ)の明かりが頼りだ。


 人通りの少なくなってきた路地をユウは歩く。やがてその姿は闇に紛れて見えなくなった。

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