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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第30章 貴族と商人と異教徒
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休日の過ごし方

 アドヴェントの町に戻ってきた翌朝、ユウは知り合いの老婆ジェナの家族が経営する宿『乙女の微睡み亭』の2人部屋で目覚めた。日は先程昇ったばかりで周囲は急速に明るくなってきている。木窓を閉めている室内もその日差しを隙間から受け入れていた。


 目を開けたユウが最初に見たのは自分の吐く白い息だ。顔が冷たい。2人用の寝台の隣へと顔を向けると誰もいなかった。最初は先に起きたと考えたがすぐに否定する。相棒のトリスタンは昨晩酒場で一緒に食事をした後、娼婦を買うため別れたのだ。


 寝台から起き上がったユウは背伸びをする。


「となると、夕方までは1人かぁ」


 昼間は賭場へと向かうことがわかっている相棒との再会時間をユウは口にした。旅をしていたときからよくあったことだ。


 寒いと体をこすりながらユウは部屋の外に出た。鍵を閉めると表の受付カウンターまで鍵を持っていく。


「アマンダさん、おはようございます」


「はい、おはよう。今日はゆっくりしてるじゃないか。休みなのかい?」


「そうですよ。昨日までトレジャーの町からずっと歩いてきていたんで、さすがに」


「10日以上もかかる道を歩いてきたの。そりゃ大変だねぇ。ゆっくりと休むといいよ」


「おかあさーん、終わったよー! あれ、ユウじゃない。今起きたの?」


「そうだよ。これから裏庭に行くんだ」


「ああ、今すんごい臭いわよ。開いてる桶はまだあるけど。ところで、もう1人の人は?」


「トリスタンは昨日の夜に酒場の前で別れたんだ。今晩はこっちに来るはずだよ。相部屋も押さえておいたしね」


「ははぁ、な、る、ほ、ど。まぁトリスタンも男だし、しょーがないわよねー」


 腰に手を当てたベッキーが首を横に振った。微妙な表情のまま、ユウが母親であるアマンダへと目を向ける。こちらは仕方がないという様子で小さく首を横に振っていた。10代半ばの娘が背伸びをしているように見えて微笑ましい、とはならないようだ。


 次の仕事を振られるベッキーを尻目にユウは裏庭へと向かった。忠告通りひどい臭いである。寒いということもあって手早く済ませたい。


 ユウは気合いを入れてズボンを脱いだ。幸い、すぐに終わる。


 用を済ませたユウが受付カウンターに再び足を向けた。今度は老婆ジェナがカウンターの奥に座っている。


「あれ、さっきまでアマンダさんがいたのに」


「年寄りより若い女に興味があるってのは良いことさ。けどね、朝の挨拶くらいはしてくれてもいいんじゃないかい?」


「おはようございます」


「そうそう、それでいいんだよ。で、アマンダは別の客の対応中さ。人気者だからね」


「苦情でなければ良いんですけれどね」


「まったくさ。それで、あんたは何しに来たんだい?」


「部屋の鍵をもらいに来たんです」


「おや、外には行かないのかい」


「昨日、この町に帰ってきたばかりなんでしばらく休むつもりなんですよ」


「あんたは出たり戻って来たり忙しいねぇ。ついこの間、帰ってきたばかりじゃないか」


 呆れるジェナに対してユウは苦笑いを返した。まったくその通りなので反論出来ない。事情あってのことだが、それはジェナに話しても仕方がないことなので黙っている。


 老婆から鍵を受け取ったユウは相部屋に戻った。暖房などないので外と寒さは変わらない。そんな中、ユウは木窓を開けた。一気に室内が明るくなる。


 日差しを受けながらユウは自分の背嚢(はいのう)の中から、ペン、インク、羊皮紙を取り出した。その中でも羊皮紙に注目する。


「あと2枚か。そろそろ買い足さないといけないかな」


 自伝を書くためにユウは大陸一周中も各地で羊皮紙を買っては少しずつ書いていた。その再び残り少なくなった用紙に目を向ける。とは言っても、羊皮紙1枚にびっしりと書くのに今は2日ほどかかっているのでまだ間はあった。


 昼食は外に食べに行く予定なのでその帰りに買えば良い。そう考えたユウは落ち着いて椅子に座って机に向かった。




 夕方、ユウは安酒場『泥酔亭』に入った。アドヴェントの町にいるときはすっかり定番になった店である。何しろ古い知り合いがいるので居心地が良いのだ。


 カウンター席に座ろうとしたユウは通りかかったエラに声をかけられる。


「ユウじゃない。トリスタンはどうしたの?」


「昨日この酒場の前で別れたっきり会っていないからよくわからない。たぶん賭場にいると思うんだけれども」


「あら残念。良いお客さんなのに。ところで、あんたはいつものでいいのよね」


「うん。先にお金を渡しておくよ」


「ありがと。ちょっと待っていてね~」


 機嫌良く代金を受け取ったエラが厨房へと姿を消した。それを見送ったユウはカウンター席に座る。


 振り向いたユウは店内を見た。結構な盛況ぶりだ。安酒場だが誠実な商売をしていることもあって常連が多いらしい。そうして店内を見ていると灰色の頭巾を被ったサリーに声をかけられる。


「ユウじゃない。トリスタンはどうしたの?」


「エラと同じことを聞くんだね。昨日この酒場の前で別れたっきり会っていないからよくわからない。たぶん賭場にいると思う」


「あら残念。良いお客さんなのに。ところで、あんたはいつものでいいのよね」


「もうエラに頼んだからいらないよ。さすがに2人分は食べられないから」


「それは残念。食べ終わったらまた注文してね」


 注文を取りそびれたサリーが別の客に呼ばれて離れて行った。とても子供を3人産んで育てているようには見えない。


 ユウが不思議そうに眺めていると、今度はカウンターの奥の厨房から声がかかる。


「はい、おまちどおさま。何を見ているんだい?」


「タビサさん。いきなりですね。あ、ご飯だ」


「どんどん食べて、どんどん注文しておくれ。エールはエラが持ってきてくれるよ」


「わかりました。それじゃ先に食べておきます」


 義理の息子に呼ばれたタビサに返事をしたユウは食事を始めた。いつもはエールから始めるのだが、今回はスープからだ。そうして、パン、肉へと移ってゆく。温かい食事がとても身に沁みた。


 ゆっくりと味わっているとエラがエールを持ってきてくれる。これですべて揃った。完全に目の前だけに集中できる。


 そう思ってユウが食べ始めた矢先のことだ。今度は聞いたことのある声が背中にかけられる。


「ユウ、やっぱりここにいたんだな」


「トリスタンじゃないか。会うなら宿の方だと思っていたのに」


「俺だって飯くらいは食うぞ。それに、行きつけの店があるのなら普通は行くだろう」


「そうなると、ここで会える可能性も高かったんだね。ところで、博打はどうだったの?」


「なんだよ、俺の遊ぶ場所が賭場しかないみたいに言うな」


「でも、昼は賭場、夜は娼館でしょ?」


「その通りなんだよなぁ。で、結果はちょい勝ったぜ」


「おおすごい。僕は勝った記憶がないなぁ」


「戦いだとあれだけ勘が冴えるのにな、お前」


 しゃべっている間にサリーがトリスタンの前に料理を並べた。注文は既に終えていたらしい。


 やって来た料理を見たトリスタンは嬉しそうに手を付け始めた。顔がほころぶ。


「やっぱり寒いときはエールと温かい飯だよなぁ」


「そうだね。宿の部屋も温かかったら言うことないんだけれどな」


「暖炉なんてあるはずもないしな。でも、安宿の寝床の真ん中の方がまだ暖かいっていうのは困ったものだよなぁ」


「あれは周りに人がいるからだよ。でも、その代わり、すごくうるさいじゃない」


「夜遅くまで出たり入ったりする奴がいたり、大声でしゃべる奴がいるからなぁ」


「慣れたら無視できるけれど、やっぱり静かな方が良いよね」


 2人とも目の前の料理を食べながら雑談に興じた。大陸一周中は大半が安宿だったが、どこであっても共通した問題である。酔っ払いが深夜に帰ってきて騒ぐことも珍しくないため、そういうのを聞き流せないとあの場で安眠するのは難しい。


 エールを一口飲んだトリスタンがユウに若干嫌そうな顔を見せる。


「でも一番嫌なのが、あの大広間の中で喧嘩を始められることだよな」


「酔っ払いが始めるのはまだわかるんだけれど、些細なことで怒る人もいるからね」


「あーいるいる。自分の荷物を蹴ったって言って切れていた奴もいたな」


「寝る前によくあれだけ怒れると思う。僕には難しいよ」


「あとは吐く奴だな。盛大に吐いた後の臭いがまた」


「トリスタン、その話はやめよう。今食べている最中なんだから」


「ああ、悪かったよ」


 そのときのことを思い出したユウが顔をしかめた。臭いも鼻腔内に再現されたかのような気分だ。思わず木製のジョッキに手が伸びる。


 しゃべっていたトリスタンが苦笑しながら謝罪した。そうして別の話題に切り替わる。話すことはたくさんあるので話題は尽きない。


 2人はその後もとりとめもない話と食事を楽しんだ。

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