手に入れるものは何か(後)
商会の会長フランシスの元へと向かうアイザックに同行したユウは、その部屋の前で同僚を殺したランドルフに再会した。正妻ゲイルの警護でやって来たと聞いて2度驚いたが、部屋の中に入れるのは家族だけということで胡散臭い傭兵と扉の前で待つことになる。
やって来るまでは部屋の中で話し合われることが気になっていたユウだったが、ランドルフの姿を見てからはそれどころではなくなった。何かあれば戦うことになるのだから気が抜けない。
うっすらと緊張するユウに対して、ランドルフは楽しそうに話しかける。
「しっかしお前ら、まだあの坊ちゃんの護衛をやってたんだな。てっきりあの隊商がこの町に着いたら、そのままアドヴェントの町に流れたと思ってたぜ」
「色々とあった結果だよ。あんたもその原因のひとつなんだ」
「オレ? いや関係ねーだろ。そっちの坊ちゃんを殺ろうとしたのはオレじゃねーし」
「あんたがどういうつもりかは知らないけれど、そうなっているんだよ」
「なるほどねー。まぁ終わった話だからどーでもいーか」
肩をすくめたランドルフをユウは胡散臭そうに見た。何か隠しているようにも見えるが、それが何かはわからない。
このまま黙っていようかと思ったユウだったが、ランドルフの態度を見ていると話しかけてきそうな気配がした。無視すれば良い話であるが、どうせなら自分の方からも何か聞いてみようと思い直す。
「ハミルトン様って間が悪いよね。ファーウェストの町に向かってから会長の病気が治るだなんて」
「大切な時期にその場に居合わせられねぇってのはツイてねぇってことだよな」
「あのお二人、フランシス会長が元気になったから顔を見に来たわけじゃないの?」
「そういうのもあるかもしれねぇが、こういうでっかい組織の親子ってぇのはそれだけじゃ済まねぇもんよ」
「権力争いってやつ?」
「そうだ。特にゲイル様とそっちの坊ちゃんはかなりやり合ってるじゃねぇか」
「側で見ていた限りだと、ゲイル様の方が一方的にちょっかいを出しているように見えたけれどな」
「お、雇い主に肩入れするわけだ」
「それを差し引いてもひどかったよ。露骨に殺そうとしたり、散々使って手柄を取り上げたりね」
「なるほどねぇ。でも、今日でそれも終わりってわけだ」
自分の雇い主のことなのに随分と軽い言い方をするランドルフにユウは怪訝そうな目を向けた。先程から正妻ゲイルのことをまったく心配していないように見える。大丈夫だと信じ切っているのか、それとも何とも思っていないのか。ますます怪しい。
次は何と言おうかとユウが考えていると、扉の向こうからかすかに声が聞こえてきた。女の声からしてゲイルらしい。何やら興奮しているようだ。
ランドルフと目が合う。ますます楽しそうな笑顔を浮かべていた。特に根拠はないが、やはり何か隠しているとユウは確信する。
ちょうどそのとき、扉が開いた。身なりを整えた執事らしき初老の男が姿を現した。その後方からゲイルの叫び声が聞こえてくる。
「ランドルフ、入りなさい」
「それじゃ、ちょっと行ってくるわ!」
声をかけられたランドルフが部屋の中に入ると扉は再び閉まった。扉の前で待つのはユウ1人だけになる。周りを見ると廊下には誰もいなかった。何のためにここへ来たのか自問自答してしまう。
その後は話す相手もいないまま1人で待ち続けた。これも仕事なので文句はないが、自分だけ疎外されているような気持ちになる。
いつまでかかるのだろうとユウが考えていると、またもや扉の向こうから声が聞こえてきた。やはりゲイルである。アイザックを一方的に嫌っているので何かに怒っているのかと推測した。
しかし、少ししてからそのゲイルの声が大きくなってきたことにユウは気付く。つまり、扉に近づいているわけだ。
何事かと注目していると扉が開いた。そして、使用人2人に両脇から抱え込まれたゲイルが全身で抵抗しながら叫ぶ声を耳にする。
「離しなさい! 無礼者! 私はゲイルですよ! すべては我が子のためにやったことです! 何が悪いというのですか! いずれはすべてあの子のものになるというのに! 離しなさい! 離せ! 離せ! 下郎どもぉ!」
廊下に思いきり声を響かせながらゲイルは使用人に引きずられて奥へと姿を消した。しばらく声だけは聞こえていたが、やがて静かになる。
ユウは再び扉へと顔を向けたがいつの間にか閉じていた。そして、その向こうは今、静かである。
更に待つことしばし、再び扉が開いた。今度はアイザックとランドルフが出てくる。
「ぜーんぶ終わったぜ。お疲れ!」
楽しげにユウの肩を叩いたランドルフはそのまま立ち去った。結局何だったのかよくわからないままである。
一方、アイザックはユウの前で立ち止まっていた。その表情は晴れやかである。
「ランドルフはああ言っていましたけれど、本当に全部終わったんですか?」
「終わったよ、確かにね。いやぁさっぱりしたよ! さぁ、部屋に戻ろうか」
やけに機嫌の良いアイザックが歩き始めたのを見て、ユウも慌ててついて行った。
2人が部屋に戻るとトリスタンが迎えてくれた。上機嫌なアイザックとよくわからないという表情のユウを見比べて怪訝そうな顔をする。
「どうしたんだ? 何かよくわからないことになっていそうに見えるんだが」
「僕は何が何だかわからないよ。結局、部屋の前の廊下でずっと待っていただけだから、何が話し合われたのかまったく聞いていないんだ。わかっているのは、あのランドルフがゲイル様の護衛としてやって来ていたことと、そのゲイル様が使用人に引きずられて行ったってことくらいかな」
「なるほど、確かに何が何だかわからないな」
「だから、事情はアイザックさんに聞いてほしい」
言いたいことを言ったユウはアイザックへと顔を向けた。遅れてトリスタンも同じように顔を向ける。
2人に無言で見つめられたアイザックは苦笑いした。そして、椅子に座ってから口を開く。
「簡単に言ってしまえば、全部会長に筒抜けだったってことですよ」
「簡単すぎてわかりませんよ」
「確かにね。もう少し詳しく話すと、フランシス会長の病は大体去年の夏頃には治っていたそうです。でも、前から気になっていたゲイル様の行動を洗い出すために、信頼できる少数の配下を使って商会内の様子を探らせていたそうです」
「ゲイル様はどんなことをしていたんですか?」
「ハミルトン様に反対する者や邪魔な者を陥れたり、ハミルトン様が自由に使える資金を増やすべく不正蓄財をしていたりが主なところですね」
「前からそんなことをしていたんですか」
「いずれも噂程度ならちらほらと聞いたことはありましたが、色々とやっていたようですね。それで、私がその証拠の一部を提出し、ランドルフが証言をしたんです」
「あのランドルフが?」
「フランシス会長の密偵としてゲイル様に近づいていたそうですよ。まったくわかりませんでしたね」
首を横に振るアイザックを見ながらユウとトリスタンは呆然とした。ランドルフについては完全に騙されていたというわけだ。
今度はトリスタンが疑問をぶつける。
「でもそれなら、どうしてアイザックさんを査察として各支店に送ったんですか?」
「査察として送り出すことは前から決まっていたそうです。ただ、出発直前になって護衛が変更になったのが会長にとって予想外だったそうですよ」
「ということは、ゲイル様は査察に便乗してアドヴェントの町までに殺してしまおうとしていたわけですね」
「そうです。ゲイル様はあれを切り抜けられるとは思っていなかったようです。そして、以後は2人の知るとおりです」
「結局、ゲイル様はどうなったんですか?」
「これから病気になって、一生治らないそうですよ」
「幽閉か」
貴族でもよくある手法にトリスタンが嫌そうな顔をした。こうなるともう復帰は無理だ。
敵対者の末路を知ったユウは次いでその子の将来について尋ねる。
「それじゃ、ハミルトン様はどうなるんですか?」
「これからも色々と経験を重ねられて、最終的にはこの商会の会長になられるでしょうね」
「それじゃアイザックさんは?」
「私はいくらかの資金をいただいて中央へと向かうことになりました」
「ということは、ついに」
「ええ、一旗上げてやりますよ!」
実に良い笑顔でアイザックはユウに答えた。今まで見せたことない顔だ。余程嬉しいようである。
「良かったじゃないですか! アイザックさんなら成功しますよ」
「俺もそう思うぞ。何でも手際よくまとめていたもんなぁ」
「ありがとう、2人とも。必ず成功してみせますよ」
2人に祝福されたアイザックは喜んだ。覇気に満ちた態度で成功を約束する。
その日は将来について3人で語り合った。




