表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第29章 商会の商売人
844/851

手に入れるものは何か(前)

 新年最初の月ももうすぐ終わろうという頃にアイザックたち3人が乗った馬車はトレジャーの町に到着した。この頃になるとすっかり冷え込みも厳しくとても寒い。そのため、往来する人々はいずれも白い息を吐いていた。


 それはユウやトリスタンも同じで、馬車の中にあっても寒さは変わらないので吐く息は白い。歩いていればまだ体も温かいが、じっと座っていると冷えたままだ。そのため、外套に身を包んで寒さをしのいでいた。


 検問所での手続きを終えると馬車はトレジャーの町の中へと入る。そのままゆっくりと進み、フランシス商会の本店までやって来た。停車場に入ると御者が扉を開ける。


 最初に外へ出たユウとトリスタンが軽く体をほぐした。そして、馬車の背後に回って自分たちの荷物を引っぱり出す。


「それでは私の部屋に行きましょうか。私の荷物は使用人に持っていかせるのでそのままにしておいてください」


 2人が戻ってきたところでアイザックは行き先を告げると歩き出した。本店の建物に入ると往来する使用人たちとすれ違いつつ先へと進む。


 部屋にたどり着いて中に入ると、ユウとトリスタンは荷物を下ろした。すると、アイザックが2人に声をかける。


「ユウはこのまま待機してください。私は今から会長室へ行きます」


「わかりました。何かやっておくことはありますか?」


「いえ、今はないですね。ですので休んでおいてください」


 単に待つだけだと指示を受けたユウはトリスタンとアイザックを見送った。部屋に1人残ってさてどうしたものかと考える。夕食は帰って来た2人と一緒に食べるとしたら、この空いた時間は何に使うべきか迷った。


 いっそ眠ってしまおうかと考えていたユウは扉が軽く叩かれる音を耳にする。扉越しに誰何するとアイザックの荷物を持ってきた使用人という返事があった。


 扉を開けると確かにその通りだったので中へと入れる。使用人はアイザックの荷物が入った旅行鞄を部屋の片隅に置いた。


 その様子をぼんやりと眺めていたユウはこれで出て行くのだろうと思っていると、自分へと近づいて来られて戸惑う。特に面識のある使用人でもない。すると、懐から取り出した羊皮紙の欠片を手に話しかけてくる。


「これをアイザック様に届けてください」


「わかりました。どなたからですか?」


「荷物を運んでいるときに手渡すように頼まれたもので、聞きそびれてしまいました」


 受け取った羊皮紙の欠片を目にしたユウはそれが折り畳まれていることに気付いた。再び使用人に目を向けると、既に背を向けて部屋から出て行こうとしている。一瞬声をかけようとしたが、そもそも何を話せば良いのかわからないことに気付いて口を閉じた。その間に使用人は出て行ってしまい、再び部屋の中で1人となる。


 手にした羊皮紙の欠片それ自体はどこにでもあるような物だ。折り畳まれているということは中に何か書かれているということなのだろうが、ユウは自分が検めるべきではないと中を確認しなかった。そもそも本店の事柄であれば内容について理解できるとも思えない。


 結局のところ、ユウはそのままアイザックに手渡すことにした。




 ユウが部屋で1人になってから結構な時間が経過した。随分と長い報告だと思いつつも、会長室にいる人物が誰だかを思い出して納得する。正直なところ、今回が護衛の番でなくて良かったと思えた。


 そうしてユウが更に待っていると、ようやくトリスタンとアイザックが戻ってくる。どちらも疲れた様子だ。雇い主に気を遣う声をかける。


「お帰りなさい。かなりお疲れの様子ですね」


「本当に疲れましたよ。単に報告するだけだと思っていましたが、ここぞとばかりに責めてくるとは思いませんでした」


「責める? 何かあったんですか?」


「鋼材の販路を拡大するために有力な国内の商会と対決したでしょう? あれが気に入らなかったようです」


「でも、あっちがフランシス商会に敵対していたんですよね?」


「そんな真っ当な理屈が通用するなら、私は権限を取り上げられていませんよ」


「え? どうしてそんなことになったんです?」


「危険な交渉をする私のような人物に商会の権限は与えられないからだそうです」


 あんまりな理由にユウは絶句した。自分の子の失敗を尻拭いさせ、その功績を横取りし、そうして権限を取り上げるなどやり過ぎだと感じる。しかし、今の会長代理にはそれだけの権限があるのだ。例え腹立たしく思えても、一介の護衛でしかないユウには何もできない。


 黙ったユウにトリスタンが話しかける。


「散々使っておいて、用済みになったら捨てたってわけだ。見ていてむかついたぜ。あれは時期を見計らっていたんだろうな」


「でも、その割にアイザックさんはあまり悔しそうにはしていませんよね」


「正直なところ面白くはありませんが、逆にこれで踏ん切りが付きました。ちょうどいい機会ですから、お望み通り出て行ってやりますよ」


「計画が前倒しになっちゃいましたね」


「それだけ時間が増えたってことです。前向きに考えましょう」


 大きく息を吐き出したアイザックがやや大きめの声で宣言したことにユウとトリスタンは驚いた。その切り替えの速さに感心する。


 これは何か祝いの言葉を述べるべきだと思ったユウだったが、そこでふと思い出したことがあった。羊皮紙の欠片を取り出してアイザックに告げる。


「そうだ、忘れていました。鞄を持ってきた使用人がアイザックさんにこれを渡してほしいって言っていたんです」


「何か書いてありますね」


 折り畳まれた羊皮紙の欠片に書かれた内容を見たアイザックは目を見開いた。そして、ユウとトリスタンに告げる。


「私は用事ができたのでこれから少し出かけます。食事は使用人に届けさせますので2人で食べてください」


「護衛で僕たちのうちどちらかは同行しないといけないでしょう」


「いえ、必要ありません。では、行ってきます」


 有無を言わせずに言い切ったアイザックがそのまま部屋から出て行った。ユウとトリスタンは顔を見合わせてどちらも首を傾げる。


 結局、アイザックが部屋に戻ってきたのは八の刻頃だった。眠らずずっと待っていたユウとトリスタンだったが、まさかこの時間になるまでとは思わなかったので雇い主を訝しむ。しかし、話を聞くわけにはいかなさそうな雰囲気だったので何も問えなかった。


 翌朝、アイザックは部屋でゆっくりとしていた。普段なら二の刻に起きて朝食を食べるとすぐに仕事を始めたのだが、この日は室内でじっとしているだけだ。権限を取り上げられたせいだと2人はすぐに思い至る。


 これからどうなるのだろうと考えていたユウだったが、それは三の刻になるとわかった。使用人がアイザックを呼びに来たのだ。向かう先は会長であるフランシスの自室らしい。


 使用人が出て行くとアイザックから声をかけられる。


「それじゃ行きましょう。ユウ、ついてきてください」


「トリスタンは留守番かぁ」


「昨日苦労した甲斐があったってもんだ。後で結果報告よろしく」


 病に伏しているはずの現会長からの呼び出しにユウは嫌そうな顔をした。反対にトリスタンは機嫌が良い。相棒の顔を恨めしそうに見つつもユウは部屋を出た。


 雇い主の後ろを歩くユウは歩いている途中、周囲をさりげなく見て回る。さすがに罠などがないことは知っているが、誰かが突然襲ってくる可能性はあるので油断しなかった。


 一方、アイザックは危険などないという様子で進んでゆく。昨日は正妻ゲイルに報告して疲れ切っていたが、今日はそのことを引きずっていない様子だ。


 2人はフランシス会長の自室の前までやって来た。すると、その脇にあのランドルフが立っているのをユウは目にする。


 驚くユウをよそにアイザックが軽く扉を叩いて入室の許可を得た。そして、扉を開ける前に振り向く。


「ユウはここまでだ。話が終わるまで待っていてくれ。たぶん、そんなにはかからないと思う」


「え、あ、はい」


 雇い主から告げられた言葉にユウは意表を突かれた様子でうなずいた。そのまま扉が閉じられるのを呆然と眺める。


「そんなに驚くこたぁねぇだろ。こっからは家族水入らずの時間なんだから」


「まぁそれなら。でも、どうしてあんたがここにいるの?」


「そりゃぁ、ゲイル様の護衛としてさ」


「え?」


「はっ、こんながさつで野蛮なヤツがってツラしてんな。実際そうなんだがよ。実のところは代理なのさ。いつもの護衛はいきなり病気でぶっ倒れやがってな。ま、オレたちみたいな雇われモンはおとなしく待ってりゃいいんだよ。仲良くな」


 どうにも怪しいランドルフを警戒しつつも、ユウは確かに待つしかなかった。実に落ち着かない。


 にやにやと笑う男から少し離れた場所に立つとユウは扉を見つめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ