表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第29章 商会の商売人
843/850

事後処理を終えて

 有力な国内の商会からの非難を撥ね除けたアイザックだったが、まだやることはあった。一旦は相手の手を止めることができたものの、今はそれだけである。放っておけばまた何か企んで難癖を付けてくることは明白だ。


 そこでアイザックは水面下で国内の中小商会に次々と声をかけていく。


「本日は面会に応じていただきありがとうございます」


「門前払いはいくら何でもひどすぎますからね。せめて何を話されるのか聞いてみませんと判断できませんから」


「最近は当フランシス商会への風当たりも強くなってきておりますから、こうして会っただけでもご迷惑をおかけしかねません。それを考えますと大変嬉しいですよ」


「困ったときはお互い様ですからね。ところで、今回はどういったご用件でしょう?」


「実は、鋼材の販路に関するお話なのです」


「それはまた、先日そちらが中央の上の方々とお話されたことは存じておりますが」


「なかなか厳しいご意見もいただきましたが、最終的には我が商会の要望が通りました。そのため、予定通り国外の商会の方々と取り引きをする予定です」


「そんなことになっていたのですか。こちらに話が回ってきませんでしたので一体どうなったのか気になっていたのです。なるほど、取り引きされるのですか」


「はい。しかし、このままですと国内は西方辺境でしか販売できません。やはり同じ国内である王国でも販売したいのです。そこで、どうでしょう。そちらで販売していただけませんか?」


「それはしかし、こちらも上の方々に睨まれると」


「そうでしょうとも。お一人で販売すればね」


「まさか、既にこの話を承知している商会があるのですか!?」


「いくつかでは既にお話をしております。それで、ある程度の商会にご賛同いただいた後に、一斉に販売をするのです。そうすれば、そちらだけが睨まれることもないでしょう」


「なるほど、時期を合わせるのですか。考えましたね」


「音頭はこちらでとりますが、いかがですか?」


 このように、自分1人だけではないことと同時に販売を開始して目立たないようにすることなどを話してアイザックは説得していった。フランシス商会が有力な国内の商会に詰められ、更には要求を撥ね除けたことは噂で広まっている。そのため、国内の中小商会は次々に応じていった。噂が事実なら国内中央における鋼材の販売で有力な国内の商会が出遅れることは確実だ。ここで儲けたいなら最初に飛びつくのが最も賢い。フランシス商会の誘いに乗らない手はなかった。


 一旦流れができあがると後は楽だ。アイザックはすぐに自ら回らずとも、他の国内の中小商会から担当者がやって来るようになった。


 ファーウェストの町にやって来て3週間が過ぎる頃、アイザックはシミオン支店長と支店長室で面会をする。


「シミオン支店長、当初に目標としていた状態になりつつあります。後は手綱をしっかりと握っておけばうまくいくでしょう。販売開始は来月からでよろしいかと。鋼材をトレジャーの町からある程度運び込む必要もありますから」


「ありがとうございます。まさかこんなにあっさりと鋼材の件が解決するとは思いもしませんでした」


「国外の商会が食い付いてくれたおかげですよ。最近は中央でも小競り合いや戦争が多いらしいですから、何かと入り用になるんでしょう」


「国内の商会の動向が気になっていましたが、中小の商会が思いの外動きがいいですね」


「珍しく有力な商会が確実に出遅れることがわかっていますから。これを見逃すようじゃ商人や商売人じゃないですよ」


「確かに。しかし、とりあえず有力な商会の手出しは押さえられましたが、この状態がずっと続くわけではないですよね。今後はどうされるのですか?」


「販売を開始してからしばらく後に、ましな有力商会から切り崩していきます。これに関してはどこから手を付ければ良いのかご説明しますから、シミオン支店長にお願いします。春以降に始めるのが良いでしょう」


「それまでこちらにいらっしゃらないのですか」


「いたくてもいられないでしょうね。呼び戻されるでしょうから」


 2人の会話を聞いているユウが苦笑するアイザックと残念がるシミオン支店長を眺めながら内心驚いた。一段落つくまでここにいると思っていたがそうではないらしいと知る。


「ともかく、これから数日をかけてシミオン殿に今後どうすれば良いのかご説明します。ですので、私の後をよろしくお願いしますね」


「わかりました。ところで、ハミルトン様はこちらにいらっしゃると思いますか?」


「ほぼ間違いなくお越しになるでしょう。少なくともゲイル様がねじ込んできますよ。一番おいしいところなんですから、来ないはずがありません」


「でしょうね。余計な指示を出されないか今から心配です」


「そこは何とかしてください。私が何か言ったとばれると、ゲイル様が乗り込んでこられますよ?」


「それは勘弁していただきたいですな!」


 そう言って2人とも同時に笑った。若干笑いが乾いているのは気のせいではない。


 報告が終わるとアイザックはユウと共に支店長室を辞した。


 翌日、ファーウェスト支店に2通の命令書が届く。ひとつはシミオン支店長宛で、来週ハミルトンが再びやってくるのでその指示に従うようにとあった。去年の交渉失敗以来の再任である。そして、もうひとつはアイザック宛で、今週中に引き継ぎを終わらせて本店に戻るようにと書かれていた。


 その日の夜、与えられた客室にユウ、トリスタン、アイザックがいつものように揃った。そのときに帰還命令についてアイザックが話す。


「2人とも、今週いっぱいで本店に戻ることになったよ」


「あ、やっぱり戻っちゃうんですね」


「交渉の山場は越えたって聞きましたけど、まだ全部終わっていないんですよね?」


 本店の決定にトリスタンが首を傾げた。手柄を横取りするにしても仕事が終わってからで充分なように思えたからだ。それに、不測の事態があったときに対処できなくなるのも困る。なので、今の時期に帰還命令を出すのは不可解だと考えたのだ。


 問いかけられたアイザックが難しい顔をする。


「恐らく、もう大丈夫だと思ったんでしょうね。交渉で一番難しいところは終わっていますし、面倒な部分はシミオン支店長がやってくれるでしょう。ですから、後は上に乗っているだけでいいとゲイル様は判断したんだと思います」


「次にやって来るハミルトン様って、前に交渉を失敗した人なんですよね? 俺は不安だな」


「極端な話、じっと黙って座っているだけで功績が転がり込んでくるんです。ですから、何も言わなくていいんですよ」


「じっと我慢できる方なんですか?」


「まぁ、焦ってなければ気付いてくれると思いますよ」


 わずかに不安が覗く表情を浮かべたアイザックにトリスタン嫌そうな顔を向けた。これはどうにも雲行きが怪しいと感じる。


 とは言うものの、既にアイザックができることはやり終えていた。離任後の交渉の行方までは責任は持てない。最後はシミオン支店長に期待するしかなかった。




 ファーウェストの町を離れるときがやってきた。アイザックの鋼材の販路関係の仕事は既にシミオン支店長に引き継ぎが終わっている。若干駆け足であったが、後は支店長に任せるしかない。


 荷物に関しては多くないのですぐにまとめられた。特にユウとトリスタンは元々背嚢(はいのう)ひとつに全財産をまとめてあるのでいつでも出発できる。


 日の出直前になると、3人は馬車に乗り込んでファーウェスト支店を出発した。大通りには既に多数の人々が往来している。


 西門から町の外へと出ると西境の川にぶつかり、そこで川を渡った。ここから先はひたすら西に向かって進むだけだ。


 馬車が動くとファーウェストの町が遠ざかってゆく。左右には耕されていない原野に点在する畑が一面に広がっていた。西方辺境でも開拓の歴史が長いこの辺りはこうした風景が数日間続く。


 トレジャーの町まで続く辺境の街道は、内戦終了後その往来者数を回復させていた。そのため、すれ違う人や荷馬車をたまに見かける。


 馬車で街道を進むユウたちも1日に何度かそういった人や荷馬車と会う。これが人同士なら挨拶を交わすこともあるが、馬車に乗っているとそういったことをすることはない。


 町を出発して2日目の昼頃だった。そろそろ昼食のために停車しようかというときになって東へ向かう3台の馬車と出会う。


「あの馬車の集団、貴族様のかな?」


「いや、今のはハミルトン様が乗った馬車だった。前後のは護衛の傭兵が乗っている」


 すれ違った馬車を目で追っていたユウにアイザックが答えた。回答を聞いたユウが目を見開く。


 遠ざかる馬車の一団はやがて地平線の向こうへと姿を消した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ