国内の商会と国外の商会
製鉄ギルドから依頼されている鋼材の販路拡大の交渉を担当することになったアイザックは本格的に仕事を始めた。まずはチャレン王国の中央に拠点のある商会へ接触を図る。秋に交渉が失敗してからの態度がどうなっているのかを確認するためだ。
その結果、かなり反応は冷たいことがわかった。シミオン支店長が説明してくれた内戦の損失を補填してからという主張を繰り返すのみである。年末まで1週間という時期に動き始めたアイザックは、正に冷気に接するかのような態度を実感した。
しかし、商会は何もチャレン王国だけにあるわけではない。ファーウェストの町には国外の商会の支店も当然ある。アイザックはこちらにも接触をして様子を窺った。すると、予想以上に反応が良いことを知る。鋼材はどの国もたくさんほしいのだ。
これらの反応を踏まえた上でアイザックは年始からいくつか手を打った。最初にやったことは国外の商会との事前交渉である。シミオン支店長によると下手に国外の商会と話を進めると国内の中央の商会から荷止めをされかねないという懸念があった。そのため、この問題にまずは対処したのである。
「我々としてもぜひそちらと取り引きしたいのですが、お恥ずかしい話、国内の様々な事情により簡単にはいきません。そこで、検討していただきたいことがあるのです」
「ほう、どのようなことでしょうか?」
「我々が国外の商会と取り引きをした場合、国内の中央の商会から荷止めされる可能性があるのですが、これを補うことに協力してもらえないでしょうか」
ファーウェストの町に支店を置く商会である以上、当然その周辺の情勢を把握していた。これは国外の商会も例外ではない。フランシス商会を取り巻く環境についても誰もがある程度は常識として知っている。
そういうこともあり、アイザックの交渉相手も反応が早い。もし荷止めが実施されて支援を受けた場合は鋼材の値段をいくらか割引くという条件をつけると、どこも支援を約束してくれた。
このようにアイザックは国外の商会を中心に交渉を進めたが、同時にファーウェストの町にとある噂も広める。フランシス商会が国外の商会と鋼材の交渉を積極的に進めている件をだ。もちろん国内の中央の商会の耳に届くようにである。
1週間もすると早速反応があった。アイザックは国内の商会から商館へと呼び出される。会議室には有力な国内の商会の代表が何人も集まっていた。そうして、まるで裁判官が被告人に告げるような態度で話しかけてくる。
「お前がフランシス商会の新しい担当者か。随分と若いな」
「去年の失敗をもう忘れたのか? 我々を敵に回すとどうなるか思い知ったと理解していたが」
「お待ちください、皆様。私は一体何の件で責められているのでしょうか?」
「とぼけるな! 鋼材の販路を求めて国外の商会と積極的に交渉していることは知っているんだぞ!」
「よくもぬけぬけと言えたものだな。隠せるとでも思ったのか?」
「まさか。ご禁制の品を扱うのでしたらともかく、誰もが求める商品を商うのは商人として当然でしょう。なぜ隠す必要があるのですか。それに、外国との鋼材の売買を禁止する法令もありませんのに、なぜ我々が責められなければいけないのです? 皆様も国外の商会と商いをされているでしょう」
「田舎者が我らを差し置いて中央の他都市と交渉することが許されると思っているのか?」
「田舎商会は黙って我らに従っておればよいのだ」
「では、国外の商会の方々は、我らフランシス商会と取り引きを行うときに、皆様の許可が必要になるということなのですか?」
「ええい、そういうことを言っているわけではない! 分をわきまえよと言っているのだ! わからんのか、この田舎者めが!」
「先の内戦が終わったときの取り決めをお忘れですか? トレジャー辺境伯領内での商行為に関して中央は関与しないとの約束を。まさか貴族の方々が取り決められたことを踏みにじるようなことはなさらないですよね」
「あれはあちらの方々が商いに口出しをしないという約束だ。我ら商人同士の取り決めではない」
「ではもうひとつ。世間一般では戦争に勝った側が負けた側に何かを要求することはありますが、逆はないでしょう。先の内戦で勝利したのは我がトレジャー辺境伯のはずです。それなのに、なぜ我々は皆様に取り引きをするなと要求されているのですか?」
雇い主の背後に立つユウは室内の気温が下がったことに気付いた。傭兵や冒険者ならここで殴り合いが発生するだろう。だが、今争っているのは商人たちである。彼らの喧嘩は口上でするものだ。
無言の睨み合いが続いた後、有力な国内の商会側から再び戦端が開かれる。
「荷止めだ。トレジャー辺境伯領全体に対して荷止めをしてしまえ!」
「そうだ! 田舎者が我らに逆らうとどうなるか思い知らせてやろう!」
「待たれよ。業腹なのは私も同じだが、この愚か者に最後の機会を与えようではないか」
「一体どうするつもりだ?」
「なに、そんなに鋼材の販路を広げたいのならば、我らで手伝ってやろうではないか。相場の半値で仕入れてな」
「なんと! それはそれは」
「販路を広げられたら良いのであろう?」
「今まで我らを侮った罪滅ぼしとしてはむしろ当然のことですな!」
有力な国内の商会から出席してきた代表者たちは楽しげに笑った。フランシス商会は決して小さな商会ではないが、それでも有力な国内の商会に比べれば見劣りする。更には複数の商会が組んで田舎商会と対決しているのだ。負ける理由が思い付かなかった。
ところが、アイザックの表情はまったく崩れていない。むしろ微笑んでいる。しばらくすると国外の商会側もそれに気付いた。やがてその態度にいらついた1人が声を上げる。
「お前、何だその余裕の態度は!」
「現実を受け入れられないのではないか?」
「はは、無理もない!」
「我々フランシス商会としては、そのようなご提案は受け入れられません。」
「は?」
「なんと?」
「バカな、荷止めされたら西方辺境全体が混乱するんだぞ!」
「荷止めの効果があれば、でしょう?」
「どういうことだ?」
「先日から鋼材をお求めになる国外の商会の方々と色々とお話をさせていただいておりますが、取り引きするに当たって荷止めの懸念をお伝えしておりました。さすがに荷止めをされるとどうにもならないと。すると何ということでしょう、我々との取り引きを望んでいらっしゃる商会の方々から次々と支援の申し出があったのです」
再び会議室は沈黙に包まれた。しかし、それもわずかなことで一斉に反論がわき上がる。
「お前、国外の支援を受けるというのか!」
「バカな、お前には誇りがないのか!?」
「人は誇りだけでは生きていけないことは皆様もよくご承知でしょう」
「これはチャレン王国に対する裏切りだ! 国外の勢力と手を結ぶなど!」
「国外の商会の方々と商いをするのは当然ですし、国を超えて助け合いの精神が発揮されるのはむしろ素晴らしいことではありませんか」
「いやしかしだな」
「待て、落ち着くのだ。例え国外の商会の支援を得たとしても、我らの商圏を通さねばこの西方辺境へと支援の品々は届かんぞ!」
「おお、そういえば!」
「何だハッタリか。驚かせおってからに」
「皆様、もしかして国外の商会の方々から送られてくる支援の品々も荷止めするつもりですか? それは止めた方がよろしいかと。支援を申し出てくださっている商会の中には、チャレン王国周辺諸国の有力な商会も含まれております。そのような方々を一斉に敵に回せばどうなるでしょう。内戦が終わってまだ2年しか経っておりませんが」
三度会議室が沈黙に包まれた。室内の気温がまた下がったようだが、今度は国内の商会側だけがそれを感じ取っているようである。チャレン王国は決して小国ではないが、周辺諸国すべてを相手に戦えるほど大きくもない。また、今は戦争を望んでいない王室に対して戦端を開く原因を追及されると、確実に限界まで協力を求められてしまう。それは何としても避けなければならなかった。
まさか田舎の商会の若者にこのような対策をされると思っていなかった者たちは歯噛みする。これでは鋼材の販路について口出しできない。
「お前、調子に乗っているとそのうちひどい目に遭うぞ」
「お気遣いありがとうございます。では、私はこれで失礼させていただきます」
震える国内の商会の代表者たちに一礼したアイザックは会議室を後にした。そうして馬車に乗り込む。
こうして、国内の商会との話し合いは終わった。もちろんここからも色々とやらないといけないが、大きな峠を越えたことは間違いない。
2人はファーウェスト支店に悠々と戻った。




