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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第29章 商会の商売人
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功績は誰のもの

 鋼材の販路拡大の任を受けたアイザックは翌日ファーウェストの町へ向かうことになった。普通ならそのための準備で慌ただしくなるものだが、旅慣れているらしいアイザックはあまり時間をかけずに用意を整える。それが使用人に命じて準備させるものであっても、ほとんど最初からまとめてあるかのような速さなのだ。


 それを不思議に思ったトリスタンがアイザックに疑問をぶつける。


「俺たちみたいに長年旅をしてきたのならともかく、町で生活しているアイザックさんは結構速く準備を済ませますよね」


「私も移動には慣れているんですよ。一時期本店から追い出されるようにいろんな町へ派遣されましたから。なので、いつでも出発できるように元々荷物を用意してあるんです」


「なるほど。俺たちとあんまりかわらないんですか」


「そうなりますね。ゲイル様もそれを承知で明日移動しろと命じられるんですよ」


「ははは、それは」


 背景が想像できるトリスタンは笑って言葉を濁した。必要に迫られてそうなったという点は自分たちと同じでも、それを外部から強制されたというのが何とも悲しい。


 とはいえ、あらかじめ荷物をまとめているユウとトリスタンはそのアイザックの行動にすんなりとついていけた。


 三の刻の頃、3人で停車場に向かう。そこに用意された馬車でファーウェストの町へ出発することになるのだが、ここでユウが馬車を見て目を丸くする。


「これが馬車ですか。うわぁ、初めて乗るなぁ」


「乗り心地は荷馬車とそう変わりませんよ。内装は整えてあるのできれいですが」


「それでも、偉い人やお金持ちが乗る乗り物でしょう。こんなのに乗れるなんて思ってもみなかったな」


「それじゃこれから馬車の旅をたっぷりと楽しんでください。気に入ってもらえるといいんですが」


 微妙な言い方にトリスタンは少し困った表情を顔に浮かべたが、ユウは目を輝かせたままだった。その様子に苦笑いするアイザックは御者が開けた扉から中に乗り込む。


 全員が乗り込むと馬車はすぐに出発した。


 トレジャーの町からファーウェストの町までは6日間程度の旅となる。ほぼ真東へと向かうわけだが、この町は西方辺境を開拓するために建設された最初の町のひとつだ。そのため、トレジャーの町よりも古い。また、大陸西部の中央に繋がる玄関口でもあるため、都会の商会の支店がいくつもあった。


 しかし、そんな歴史ある町は数年前の内戦で主戦場となってしまう。その結果、町および町周辺は荒廃してしまった。内戦が終結してから2年以上が過ぎて表面上は復興できたものの、まだ完全に立ち直っていないというのが実情である。


 このようなファーウェストの町の事情をアイザックから教えてもらったユウとトリスタンだったが、2人はいささか馬車での旅に参っていた。トレジャーの町を出発して数日後、2人はすっかり疲れ果てた顔をして馬車に乗っている。


「2人とも、思ったよりも参っている様子ですね」


「荷馬車と同じように揺れるんですね。貴族様や商人が乗っているからましなのかなって思っていましたけれど、全然そんなことないなんて」


「うーん、横になれないのがきついなぁ」


 馬車も荷馬車と同じく揺れが直接中に伝わることに2人とも乗ってから気付いた。更に馬車は人が座って移動する乗り物なので、基本的に姿勢を変えられないというのも地味に厳しい。荷馬車は荷物を置く都合上、寝転がれる場所があるからだ。乗せる荷物次第ではあるが。


 ともかく、馬車の洗礼を受けたユウだったが、相棒の様子を見て疑問がひとつ浮かんだ。あるときこっそりと尋ねてみる。


「トリスタンって貴族だったんでしょ。馬車って乗ったことあるんじゃないの?」


「いつの話だよ。もうずっと乗ってなかったし、何より荷馬車にすっかり慣れたからな。馬車の方はすっかり駄目になったらしい」


 貴族であっても長らく乗っていないと苦手になるらしいことをユウは初めて知った。


 そんなつらい体験をしながらもユウたちは馬車でファーウェストの町へと近づいてゆく。この日はあと1日という宿駅に着いた。まだ建てられて間もないといった感じの新しい建物だ。


 宿駅に泊まる手配を済ませたアイザックがユウたちを連れて外に出た。御者のいる馬車はそちらに任せているので2人とも連れ出せるのである。


 周囲は大体畑だが、原野のような場所も少なくなかった。その様子を見ながらアイザックがつぶやく。


「やはりまだ人手が足りていないようですね」


「畑の耕し手がいないんですか。開拓民の募集みたいなことはしているんですよね?」


「そのはずですけれど、さすがに2年程度では完全に元通りというわけにはいかないようです。まぁ、私が気にしても仕方のないことですけれど」


「鋼材の販路の拡大をしないといけないそうですけれど、農耕機具なんかをたくさん作って売ったら儲からないんですか?」


「農民が裕福でしたら可能ですけれど、大半は貧しいですからね。それに、製鉄ギルドが求めているのはまとめ買いをしてくれる先なんですよ。農耕機具を作る別ギルドへの販売は領内ですともうやっているはずですから」


 思い付いたことを口にしたユウは少しばつが悪かった。自分が考えている程度のことはとうの昔にやっていたのだ。


 ユウが気恥ずかしさを感じていると今度はトリスタンが口を開く。


「しかし、面白くないですよね。アイザックさんに交渉しろだなんて。嫌っている相手に尻拭いさせるなんて恥ずかしくないんですかね?」


「鋼材の件はそれだけ重要なんですよ。今勢いのある製鉄ギルドからせっかく依頼された仕事を他の商会に回されるのはまずいんです」


「でも、それで自分の子の下につけっていうのはひどいじゃないですか。成功したら手柄を横取りするつもりなんじゃないですか?」


「嫡子の兄の下で妾の子の弟が働くのはおかしなことではありません。それにきちんと采配をしているのならば部下の手柄は自分の手柄だと主張できるでしょう。ある程度は」


「それでいて失敗したら全部アイザックさんのせいになるんですよね」


「ひどい話ですが、よくあることですから。それに、交渉をまとめれば責任を問われることもありません」


「前向きだなぁ」


 言い切って笑うアイザックを見たトリスタンが感心した。確かに失敗しなければ良いというのはその通りだが、そこで前向きになれるというのは強い証拠だ。


 周辺の畑から自分の現状を顧みたアイザックだったが、翌日ファーウェストの町に到着した。西境の川を渡るといよいよ城壁が目の前に迫ってくる。所々にある傷跡は新しい戦争によるものかもしれなかった。


 西門から中に入るとトレジャーの町を一回り小さくした感じの街並みが目に入る。たまに隣と違ってやたらと新しい建物を見かけた。


 フランシス商会ファーウェスト支店に到着すると、アイザックはユウとトリスタンを連れて建物の中に入る。そして、近くを通りかかった使用人を呼び、ファーウェスト支店長への取り次ぎを頼んだ。


 案内された応接室で待っていると、やがて支店長当人がやって来る。


「お待たせしました。ファーウェスト支店の支店長を務めるシミオンです」


「本店のアイザックです。この度はお目にかかれて光栄ですよ」


「あなたのお話は聞いていますよ。レラ支店を大掃除したとか」


「ははは、何やら気恥ずかしいですね」


 自己紹介から雑談に入ったアイザックとシミオン支店長の話が始まった。雇い主の背後に立っているユウとトリスタンはその様子を眺める。


 いくらか雑談を交わした後、シミオン支店長は本題に入った。鋼材の販路拡大について今までの経緯と現状をアイザックに説明する。


「という次第です。中央の方々、この場合チャレン王国の商会は前の内戦で被った損失の補填を求めています。しかし、貴族様がなされたことの補填を私ども商人が、もっと言えばフランシス商会だけでしろというのはあんまりです」


「要するに、我々に中央への足がかりを築かせたくないんでしょう。断る口実として貴族様の名を出している、いや、もしかしたら、貴族様の方がトレジャー辺境伯様への嫌がらせとして商会を利用しているのかもしれませんね」


「中央の貴族様は勝てると思っていた戦争に負けてしまったわけですからね。思うところがあるのでしょう。ただ、我々がその犠牲にさせられるのはたまったものではありません」


「その通りです。なるほど、大体のところはわかりました。明日からはこれらを踏まえた上で検討してみます」


「ありがとうございます。何か必要なことがございましたら、いつでも声をかけてください。可能な限りご助力いたします」


 困り果てているシミオン支店長にアイザックは笑顔でうなずいた。

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